第8章 彼岸花
心臓の動きに合わせるように、ジンジンと鈍い痛みを感じながら「どういう…ことでしょうか?」と潑春に問う。
潑春は引き出しから取り出した物を机の上に置くと、トントンと人差し指でそれを叩いた。
「これ、ピアスホール専用の消毒液。落ち着いたらやり方教える」
そう。消毒。
指の先をちょっと切っただけの怪我でもめちゃくちゃ滲みるあの消毒。
それを貫通させた部分にする…と?
あ、無理。
理解した。無理です。
ひまりは爽やかな笑顔で「ありがとう春!また月曜日に学校でね!」と立ち上がって帰ろうとするがガッチリ肩を掴まれて動けない。
「消毒しないなら…とり兄にチクる」
「そんな無慈悲な!!!」
片手に持ったスマホではとりに連絡を取ろうとする潑春。
今、もしもはとりに知られたら…。
「そんなもの今すぐ塞げ」と問答無用でまだ未完成のピアスホールに軟膏を埋められ、頑張って開けた穴を閉じることになるだろう。
それだけは嫌だ…。と観念したひまりは力なくソファに座った。
「…痛くない消毒の仕方教えて…」
「ひまりが1ヶ月間ココに住むなら、寝てる間にやってあげる」
「非現実的ぃ!ってか1ヶ月もしなきゃだめなの?!」
既に鈍い痛みを感じるコレに触ることも出来ないのに、1ヶ月も消毒しなきゃダメなんて…。とひまりは絶望でソファに倒れ込む。
「それにしても、そんなに痛いの苦手な癖に…なんでピアス?」
「それがね、こないだ夾がピアスくれたの。夾ってばピアスって知らずに買ったらしいよーおっかしいでしょ」
ケラケラと笑うひまりに潑春は無表情で「ふーん」と相槌だけを打つ。
「鞄にでも付けとけって言うんだけど、やっぱ耳に着けたいなーって思って」
ソファから起き上がり、またスタンドミラーで左耳を映しながら嬉しそうに微笑む彼女に、潑春は僅かに苛立ちを覚えた。
ひまりの横に座り、乱暴に彼女の髪をかき揚げると消毒液を手に持った。
「ひぃ!もっと丁寧に扱ってよ!!ってかするの!?やっちゃうのソレ!?」
「うん、やる」
鬼ぃー。と嘆きながらも、潑春の服をギュッと握りながら来たる痛みに備えている。
今は。
今この時は自分だけを頼るひまりの姿に生まれる優越感で、何とか苛立ちをかき消すことが出来た。