第8章 彼岸花
「まってまって、まだ心の準備できてない!待って!こわっ!」
「ひまりこういうの…勢い大事…」
紅葉と別れた後、潑春の部屋でひまりは緊張感と痛みへの恐怖で手を震わせている。
そんなひまりの姿を表情にこそ出さないが、心の底で潑春は楽しんでいた。
「そんなに怖いなら…やめとく?今ならまだ、間に合う」
「や、やる。自分で決めたことだし…」
意を決したひまりに僅かに口角を上げると、下を向く彼女の顎を持って自身と目が合うように上を向かせる。
不安と恐怖の色が濃い瞳を見据える。
「…怖いなら、俺の顔見てて。大丈夫、痛くないようにするし…俺に全部任せて」
ゆっくり首を縦に振るひまりだったが、未だに緊張が取れないようで小さな肩にはグッと力が入っているようだった。
目の前で想いを寄せている相手が、僅かに目を潤ませて縋るように自分を凝視している。
その光景を同じように彼女の瞳を見ながら数秒程、堪能して潑春は口を開いた。
「俺がやってるゲーム…あるでしょ」
「ゲーム?ハムスターハンター?」
気を逸らせた事でひまりの肩の力が少し抜ける。
その瞬間を見逃さなかった潑春は、自分の手に意識を集中させていた。
勿論、ひまりに気付かれないように。
「うん、あれ…別名"ネズミ狩り"って言われてる…」
「ネズミ!?は!?謝れ!私と由希にあやまっ」
ガチャンッ
「へ?」
「はい。おわり」
耳元で大きく音が響いたかと思えば、じわーっと熱くなってくる左の耳たぶ。
訳がわからず目が点になっているひまりを他所に、潑春は「痛くなかったでしょ?」と机に置いてあったスタンドミラーを彼女に向けた。
ひまりが恐る恐る鏡に耳を近付けると、痛々しいほどに赤く染まった耳たぶの中心に光るひとつの点。
それを見た途端に湧いてきた達成感と高揚感で、先程とは違う意味で震えだす手。
「わ!ほんとに!刺さってる!わ!!凄い凄い!ありがとう春!」
ファーストピアスに触れようとするが、怖くて触らない…を何度か繰り返しているひまりの頭にポンと手を乗せた潑春が「よく頑張りマシタ」と微笑む。
「でも…どっちかっていうと、痛いのはこれから」
潑春の言葉に、嬉々とした笑顔のひまりの顔が歪んだ。