第7章 ベール
俺にはひまりを好きになる資格なんてない。
それは猫憑きの運命がどうとか以前の問題だった。
"俺"という人間にその資格がない。
さっきも思い知らされた。
ひまりの体温を奪っていた右手はほとんど彼女と同じ温度になっていて、今度は数珠のついた左手を額に乗せてやる。
既にすーすーと規則的な呼吸を繰り返している彼女は特に何も反応はしなかった。
数珠を見つめて顔を歪める。
さっきも俺は自分を守った。
ひまりが額を打つ前に間に合ってた。
咄嗟に手を引っ込めていた。
ひまり自身から呪いのことを打ち明けられるならまだいい。
彼女の中で色々と折り合いをつけて、彼女の意思で話してくれるなら。
でもそうじゃないなら
鼠が嫌いだと、全ての元凶は鼠のせいだと堂々と言い放っていた俺をコイツは避けるようになる気がする。
今の関係を壊したくないから…
咄嗟に避けてしまっていた。
あの時だって…
生きていたかもしれない…。
自分を最優先にしてしまう俺には…コイツを好きになる資格なんてない。
触れる資格も、感情を出す資格もないのに。
「どうしろってんだよ…こんなん…」
額に手を触れたまま、穏やかに眠るひまりの顔を見た後、もう片方の手で頭を抱える。
「キッツいわ…マジで…」
自嘲しながら消え入りそうな声で呟いた。
「おやおやー?由希君も買ってきたの?」
笑いを含んだような紫呉の顔に、コンビニの袋を手に帰ってきた由希は眉を寄せた。
「僕も、夾君も同じように買ってきたんだよ。君と同じものをね」
袋からうっすら見える"経口補水液"の文字に紫呉が笑いながら言うと、由希は不服そうな顔をした。
「…そう。それで?ひまりの体調はどうなの?」
「はーさんが来てくれたからある程度落ち着いてるよ。心配なら見てきたら?夾君がいるけどね」
煽るような紫呉の言葉を無視して机に置いてある出前のチラシに目を通していた。
「僕もだけど、ほんとひまりにほだされるねぇ。僕ら」
「…お前だけだろ。…俺は…俺自身の意思だから」
ムッとする由希に紫呉は満更でもない顔で、横目で由希の顔を伺っていた。