第7章 ベール
狸寝入りを決め込みながら、何の言葉も交わしていないのに話を合わせてくれる紫呉をやっぱり食えない男だなとひまりは思った。
「あれ?夾君も買ってきたの?」
夾が持っているコンビニの袋からうっすらと見える"経口補水液"の文字に、紫呉はプッと吹き出す。
すると顔を赤くさせた夾が「っるせ!たまたま寄ったからだよ!」と小声でがなるとまた紫呉は揶揄うような笑みを溢して立ち上がった。
「じゃあ僕、仕事があるんで。夾君、ひまりのことよろしくねー」
「は?寝てンだったら…」
「その子起きてたら勝手に動き出すから見張っててー。あ、襲っちゃダメだよ夾くーん」
ドアを閉めながら意地の悪い顔をする紫呉に、またもやまんまと乗せられる夾は「するか!!お前と一緒にすんな!!」と怒鳴りつけた所でパタンと扉が閉まる。
「ッたく…」と吐き捨てるように呟くと、ベッド横の椅子に座り太腿の上に足首を乗せた。
ひまりは狸寝入りがバレないように目をギュッと瞑ったままだった。
そしてまさか夾が部屋に残るとは思っておらず、出て行った紫呉に心の中で「いらんことしやがって」と悪態をついていた。
本当にこのまま眠ってしまえないだろうか…と自身に"寝ろー寝ろー"と暗示をかけている途中で、急に頰に冷んやりとしたものが当たり「ひっ!」と思わず声を出してしまい、やってしまった…と落胆する。
「ンだよ。起きてたのかよお前」
ひまりが観念してゆっくり顔を夾の方へ向けると、呆れたように笑う夾。
そんな顔に居た堪れなくなったひまりは口を尖らせて視線を彼から外した。
「…今起きたんです」
「あっそ。んで、調子どうだ?…まだ熱高ぇな」
そう言って夾の手の甲が頰に当てられ、さっきのヒヤッとしたものは夾のものだったんだと理解したのと同時に自分の体温の高さを痛感する。
「はとりが治療してくれたし…修学旅行までには…絶対治す」
「そんなに行きてぇか?俺はどっちかってーとフケたいけどな」
「無理だし。…引きずってでも…連れてくし」
「なんだそれっ。んじゃ、はよ治せ」
ククッと喉で笑う夾の顔からひまりは目を離せなかった。
夾は…
夾は怖くないんだろうか。
いつか幽閉されてしまうこと…。