第7章 ベール
「別に…そんなんじゃ…ないよ。…タイミングが無いだけ…」
紫呉の言う通りだった。
思い通りの結果が得られない可能性があるから言わない。
伏し目がちになったひまりに紫呉は何もかもお見通しと言わんばかりにフッと口角を上げた。
「下手になったんじゃない?嘘が」
「………」
何も言葉が出なかったのは本当に全て見通されていたから。
黙ったままのひまりに紫呉は更に続けた。
「言うも言わぬも君の自由だけど、そんなに怖いかい?」
「…猫は…鼠が嫌いでしょ」
「馬鹿だねぇ。ひまりは」
「…紫呉は性格悪い」
ムッとして紫呉の顔に目を向けると「今更知ったの?」と意地の悪い笑みで返す彼に、ひまりは更に顔を顰めた。
「僕、この前言ったでしょ?不変は死だって」
「…うん。言って…たね」
「人生って短いよ。ほんとビックリするくらいに。あっという間に過ぎちゃうから」
「それ、20代の紫呉が…言う台詞じゃないと…思うけど」
「ははっ。そうかもね。けど…」
紫呉はベッドに頬杖をつき、ひまりとの距離を縮めた。
急に近くなった紫呉の瞳は心の奥底まで見ているように深くて濃い色をしている。
「不変を受け入れた…希望を諦めた人生はとてつもなく長いよ。想像したこと…ある?」
その言葉に、暗い小さな部屋でひとりで何十年と過ごす自身の姿を容易に想像出来てしまい、一瞬にして背筋が凍った。
慊人にしか会えない人生。
分かってた。
ちゃんと理解してた。
分かってた筈なのに。
どうしてこんなにも、恐怖感に潰されそうになるのか。
いつからこんなにも…
「それにひまり、気付いてないの?」
コンコン
紫呉の声と重なるように聞こえたノックの音に、ひまりは思わず体ごと壁側に向けてギュッと目を閉じ、狸寝入りをし始めた。
——— 気付いてないの?
知らない。何も。
分からない。
分かりたくない。
「あ?何でお前が居んだよ…。ってかひまり寝てんのか?」
ガチャっとドアを開けて制服姿の夾が部屋へと入ってくる。
その手には先程の紫呉と同じようにコンビニの袋がもたれていた。
「そりゃ僕だって看病くらいしますよ?さっきひまり寝ちゃったんだよねー。夾君ざんねーん」