第7章 ベール
ガンガンと規則的に続く頭の痛みにひまりは眉根を寄せながら天井をボーッと眺める。
「私…修学旅行…行けないのかな…」
「そんなことより先に回復することに集中しろ」
「そんなことじゃ…ないし」
ひまりは拗ねたように口を尖らせてから、痛む額に手を置いて「頭いった…」とかれた声で呟いた。
"そんなことじゃない"の言葉にフッと笑ったはとりは、鞄の中から表紙がくたびれた本を取り出す。
何度も読まれていると想像できるその本の中間あたりを適当に開き、椅子の背もたれに体を預けて読み始めた。
時間を潰すようなはとりの態度にひまりは目線だけを彼に向ける。
「…はとり、帰らなくて、いいの…」
「今の症状だと発作につながりかねんからな。慊人にはどうとでも説明がつくから、お前が寝たら帰る。…時期に薬が効いてくるだろうから眠れるときに寝ておけ」
ひまりは痛みと不快感で眉をグッと寄せながらも、はとりの言う通りにゆっくり目を閉じた。
僅かに光が透き通ってくる瞼の裏に、昔の記憶を映し出そうとしていた。
母親のこと。そして依鈴のこと。
依鈴に関しては出会ってすぐの頃のことは思い出せる。
初めて会ったときは、表情を変えずにツンとした依鈴の事を少し怖いなと思っていた。
その他は途切れ途切れにしか思い出せない。
あぁ、やっぱり。
リンの事も忘れていってしまってるんだ…。
その事がツラくて瞼の裏に映し出そうとする事を辞めた。
ひまりの早い呼吸音、そして本のページをめくる音だけが数回続いた後、ひまりは目を閉じたまま、呼吸の為だけに開けていた口を動かし始める。
「はとり…は、忘れる方と…忘れられる…方、どっちが苦しいと…思う?」
持っていた本に落としていた視線をひまりへと向ける。
隠蔽能力を持つはとりにとっては、馴染みの深いその質問。
今まで幼い頃の由希の初めて"外"で出来た友人や、ひまりの父親。
そして自身の恋人の記憶をも消したことがあるはとり相手にするには、考え方に寄っては皮肉にも聞こえるその質問。
そんな気遣いをも忘れているひまりを、無表情で見つめたまま"相当弱ってんだな…"と心の中で呟いた。