第7章 ベール
怖かった。
近づけば更に恐怖が増して、力が入らないほどに震える体。
時間が経てば元の姿に戻ることなど知る由もないひまりは、自分がこの手を離せばこの"モンスター"に取り込まれて、もう彼が戻らない気がしていた。
未だにその瞳に残る"夾"の部分に必死で縋り付いた。
「やだ…連れ、て…行かないで…返しっ、て…夾かえして…」
ただ必死だった。
この姿のままでもいいから中身までも奪わないで、と。
声を出せば嘔吐感は増すが、それでも声を掛け続ければ引き止められると思った。
「…どっか行って…ひまり」
その声にハッと見上げれば、非現実的な造りの顔にまたゾッと恐怖感が増幅される。
だが、その声は紛れもなく夾の声で。
まだちゃんとココに夾がいる。とひまりは心の底から安堵していた。
「い…かな、い。いる。離っさ、ない。ココに、い…るっ…」
声も手も体も全てが震えていた。
全身から醸し出される"恐怖感"に夾は赤く鋭い瞳を細める。
「怖いんだろ!気持ち悪いんだろ!どっかいけよ!可哀想だとかそんなのいらない!」
可哀想……可哀想…?
ひまりは思いもよらぬ言葉に、頭の中でその言葉を繰り返した。
違う、もっと自分のことしか考えてない…。
「…怖い。凄く…怖いけど…っ。今の苦しそうな…悲しそうな…夾をひとりにさせたくない。だってまだココに夾はいるのに…。夾が…いなくなるくらいなら…それなら、一緒に苦しくなって…悲しくなっての方がいい。私が…夾を失いたく…ない。わがままなの。自分勝手なの。だからどこも行かない…ここ、にいる」
ガタガタと震えながらも、頑固な彼女はその意思を絶対に曲げないと大きな瞳で物語っていた。
その瞳を驚いたように見ていた夾の体がシュゥゥという音と共に煙を上げながら人の形へと戻っていく。
先程までは大きすぎてひまりの両手では収まらなかった手が、易々と包み込まれていた。
「…時間経てば、戻るんだ」
夾の姿と言葉に思考が追いついていないのかキョトンとした顔で数秒見つめた後、安心したようにヘラッと顔の筋肉を全て緩めたかのように笑った。
「よかった…ほんとに…」
蚊の鳴くような声で呟くとひまりは眠るように意識を飛ばしてトサッと地面に倒れ込んだ。