第7章 ベール
ひまりはその日、いつも夾と楽羅が遊んでいる広場へと向かっていた。
今日はみんな何かと忙しいらしく、つまんないなぁ…と地面の小石を蹴っていた時に、そういえば夾と楽羅がよく広場で遊んでいるということを思い出したから。
ルンルンで階段を駆け上がっていく途中に、その身を引き裂きそうなほどの甲高い叫び声に一瞬体が硬直した。
「楽羅の…声?」
そう理解して、もつれそうな足で必死に階段を登った。
登り切ったところで涙を浮かべ、くちびるまでをも真っ青にさせた顔の楽羅が走って来ていたが、それよりもひまりの目に飛び込んできたのは予想もしていないものだった。
小さな顔に似合わない、赤く光る吊り上がった大きな瞳。
頭部に毛はなく、代わりに二本の触覚のような物が長く伸びている。
顔と体を繋ぐ首は筋張っており、四肢はその体に似合わない程に長く、まるで骨と皮だけなのではないかと疑う細さだった。
それなのに顔よりも大きい手足。そこには鋭い爪が生えている。
褐色の皮膚も他の生き物では見たこともない艶をだしていた。
常に喉の奥に指を突っ込まれているような嘔吐感を与えてくる、何かが腐ったような強烈な異臭。
漫画の中でだけでしか出てこないようなモンスターがそこにいた。
だがひまりは一瞬でそれが夾であると分かった。
一度、夾に数珠の事を聞いた時に悲しそうに俯きながら言っていた。
「この数珠外すと化け物になっちゃう」と。
その時は意味が分からなかったが、その言葉の通りだったのだ。
彼の近くに落ちている数珠を見て理解した時には、すれ違う楽羅に見向きもせずにひまりは一直線に夾の元へと向かった。
正直怖かった。
怖かった、なんて言葉では足りない程の恐怖感に包まれていた。
恐怖と異臭とで辿り着くまでに何度か吐き、倒れそうになったがそれでも向かう事を辞めなかったのは…。
夾がいなくなるという底知れぬ不安。
そして恐怖と絶望の色で染まった大きな瞳は紛れもなく夾のものだったから。
夾はただ一点。地面に落ちている数珠を見つめ続けていた。
ひまりはそれを拾い上げると、夾の大きな左手の上に自身の両手と共に置いた。
その場でまた嘔吐したひまりは生理的な涙を流しながら、異常なほどに震える手で縋り付くように夾の手を握っていた。