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ALIVE【果物籠】

第7章 ベール


ひまりはまた急いなくなるんだろうか。

何も言わずある日突然、まるで居なかったかのように。

姿を消してしまうのだろうか。


夾は壁に押さえつけているひまりを見つめ続けていた。

そしてひまりの後頭部を持って自身の肩に引き寄せる。

うっかり抱きしめて変身させてしまわないように片方の手は壁に縫い付けたまま。

彼女の濡れた髪をグシャッとさせ、撫でるでもなく手で頭を包み込んだまま、今ここにいるひまりを確かめるように額をそれに寄せて目を閉じた。


一方のひまりはこの状況にとんでもなく動揺していた。
さっきまではいつも通りだった。
それなのに急に怒ったような、悲しんでいるような…読めない彼の感情に困惑していたら壁に押さえつけられて。
かと思えばまるで抱き締めるような素振り。

そして"残酷"という言葉。

なにが残酷なのか。
何に苦しみ、怒りを感じているのか。

飲み込めない状況と暴れる心臓。
解放された片方の手を下ろし力なく作る握り拳。

ひまりは何度も口を開きかけて閉じる…を繰り返していた。

今の状況を変えたいのにどうすればいいのか、何を聞けばいいのかが全く分からなかった。


「……?」


ひまりは下ろしていた手に何か暖かい物が当たった感じがして、チラリと自身の手を見た。

ぷっくりとある丸く大粒のそれは、徐々に長細く形を変えて手の甲を伝って床へと流れていく。


なみ…だ…?



後にも先にも一度だけ手に落ちてきたそれは、夾が泣いている事に気付かせるのには十分なものだった。


泣いてる?夾が?


驚きで止まる呼吸。
夾の肩に引き寄せられていた顔をゆっくりあげてみると、頭に置かれていた彼の手は滑るようにダラリと落ちていった。

それと同時に壁に押さえつけられていた手も解放される。

見上げた夾の目には涙は浮かんでいなかった。
ただ、頬に一筋の線だけがある。


まるで吸い込まれるようだった。

不思議な引力に引き寄せられているようで。



今度は拒絶されるように肩を押し返される。


「悪い…驚かせて。もうお前、部屋戻れ」


未だに苦痛に歪むその人を放っておくことなんてできる訳なかった。
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