第7章 ベール
由希からの圧に翔の方に視線をやるが、あーらまっ。と頭の後ろで手を組んで欠伸をしているところを見ると、彼には助けようという考えは無さそうだ。
「もし俺らがいなくてあのまま発作起こしてたらどうしてたの?」
「いやっ!怒りでワーッて喋ってたから息切れしただけで…」
「落ち着かせるのに時間かかってたし、感情の昂りでも誘発されるだろ」
「ま、まぁでもこの発作って出ても死ぬ訳じゃないしー…」
「もし倒れて頭打ったらとか考えない?それだけじゃない、あんな煽り方して相手が危ない奴だったらどうするつもりだったんだ?もうちょっと自分の事も大事にしてもらえると助かるんだけど…?」
今度は由希が、いつも通りなら怯えながらひまりが謝って終わるはず…と思っていたが結果が違った。
圧をかけている筈の彼女は不服そうに口を尖らせている。
「でも…また同じことあったら、相手が強かろーが大勢だろーが普通に煽っちゃうし怒るのも止められないと思う。私にだって譲れないものある」
ひまりの真剣な眼差しに、怯んだのは由希の方だった。
あぁ…もう…。と心の中で呟いて自身の目を手で覆った。
「こりゃ、ゆんゆんの負けだねー」
「うるさい翔。じゃあせめて…俺の耳には入れといて」
クルッとひまりに背を向け、ケラケラ笑い出す翔を無視してもう一度ハンカチを濡らし始める。
由希は赤くなった顔がなんだか情けなくて彼女に見られたくなかった。
「だから、女のタイマンに男は入るなってば」
「いつまでそれ言ってるの?むしろ3対1はリンチだから」
蛇口から流れる水はハンカチに染み込んだあと、タイルの上を滑りながら排水溝へと吸い込まれていく。
手にフィットする様に作られたハンドル部分を捻ればすぐに止まる水。
ひまりへの感情もこんな風にすぐに止めることが出来たら良かったのに。
「はい。まだほっぺた赤いから冷やして」
「ありがと。ってか私、最初カツアゲかと思ってさー」
…多分、俺じゃない。
ギュッと締め付けられる胸が警告を告げているのに、それでも足掻きたいなんて欲が溢れ出す。
「ぶっ!!ヤンキー漫画かよ!」
「笑わないでよ翔。諭吉先輩いたら靴下に隠そうと思ってたの」
「腹筋崩壊するからヤメテひまり」
まるでそれは壊れた水道のようだった。