第7章 ベール
「ゆんゆん、おっかねー」
「それよりひまり、大丈夫?」
翔の言葉を無視して背後にいるひまりに向き直る。
だいぶ落ち着いたのか「平気平気」とヘラっと笑うひまりに、由希は苛立ったように眉を寄せて彼女の赤くなった頬に手を添えた。
「俺、何かあったら相談してって言ったよね?」
「だから女のタイマンに男は入るべからずって言ったじゃん。ってかさっきの先輩達は?」
「タイッ…タイマン!あっはっはっはー!3対1だったけどなー。あぁ、ひまり聞いてなかったんね。ゆんゆんが話つけてくれたって感じ?」
「……それに何で由希と翔がいるの?」
「生徒会室からひまり歩いてくの見えたから追っかけてきたー」
「そうだったんだ。いやいや、ご迷惑をお掛けしまして…」
「いえいえ、貴重な爆ギレひまりを見せて頂きまして」
自身の手からするりとすり抜けたひまりが翔と頭を下げあっているのを見て、由希は更に苛立ちが湧き上がった。
翔と引き離し、ひまりの手を乱暴に握ると戸惑う彼女を引っ張って水道がある場所まで連れて行く。
ポケットからハンカチを取り出し、水で濡らして硬く絞ったそれを熱を帯びるひまりの頬に当てがった。
「あ、ありがとう」
何も言葉を発しようとせずジッと見つめてくる由希にひまりは首を傾げる。
ついてきていた翔も「ゆんゆーん?」と声をかけるが微動だにしない由希にひまりと同じく首を傾げていた。
ひまりの頬に当てたハンカチは、その熱を吸収して既に生温くなっている。
その温度を手で感じながら、まただ…。と由希は心の中で自身を責めた。
別荘の時と同じ。
ひまりが痛めつけられているのを遠くから見ているしか出来なかった。
苛立つのは痛めつけられたことだけじゃない。
それをどうする事も出来なかったら自分自身に。
翔はひまりの問題で、彼女が解決すべきことだと言っていた。
多分その考えは合ってる。
でもそれって強い人間が唱える正しい理論であって、その考えが"最善の方法"なのだとすれば弱い人間はその正しさにただ食い潰されるんじゃないか。
「えーっと…由希?」
沈黙に耐えかねたひまりが由希に声をかけると、由希は瞼を閉じて深くため息を吐いた。