第7章 ベール
「へ…、は…?由、希…?翔…?」
「ひまりって結構バッチバチに我なくすタイプなのなー!俺もゆんゆんもビックリよーっ」
「お前、本当にゆんゆんで定着させるつもりか…?」
「いーじゃん!ゆんゆん!可愛いーじゃん!」
「長い。可愛くない。センスが悪い」
驚いたように目を見開いたひまりは理解が追いつく前に、強制的に移動させられた由希の背中で、軽口を叩き合う由希達をハテナを浮かべて何度も瞬きをしながら見ていた。
だが、そんなひまりよりも更に驚いていたのは3人の女子生徒。
突然目の前に現れた想い人に顔を真っ赤にさせたあとに、状況を理解して青くさせたり…と忙しそうに顔色を変えている。
「え…?な、で…由、希…が…っ」
「ひまり、一旦黙ってて。喋るの禁止」
腕を握ったまま顔だけを振り向かせた由希が有無を言わさぬ声でひまりにだけ聞こえるように小さく言うと「息、ゆっくりね」と言葉を付け足してから彼女達に向き直る。
由希の言葉で自分の呼吸が乱れ、肩で息をしている事に初めて気付いたひまりは焦りながらも彼の言う通りに言葉を発する事を止め、まずは乱れたそれを整える事に意識を集中させた。
「ち、違うの由希!その子の態度が生意気で…その、だから…っ」
必死で取り繕う彼女達に由希は穏やかに微笑む。
その顔を見て翔は聞こえない程度の声で「ゆんゆんこっわ」と呟きながら呼吸を整えるひまりの背中を撫でていた。
「先輩方すみません。ひまりが壁を蹴って怖がらせたり、敬語も使わずに生意気な態度をしてしまって。しっかり言い聞かせておきますので」
自分たちの言い分を聞き入れてくれた由希に安堵の表情でホッと胸を撫で下ろす女子生徒達。
彼女達の顔が綻んだ所で、微笑みを崩さずにいる由希がひまりの腕を握る手にギュッと力を込めた。
「ただ…」
僅かに声が低くなったことに気付いていないのか、彼女達は頬を紅潮させたまま由希を見つめている。
「ひまりの言う通り、俺にとってひまりは"大切な子"なので傷付けないで貰えますか?」
初めて見る由希の冷めた微笑みに、女達は背筋を凍らせて涙を浮かべていた。
震えながら謝罪の言葉を何とか絞り出すと逃げるように立ち去っていった。