第7章 ベール
胸ぐらを掴まれて顔を斜め下に向けているひまりを目にした由希はすぐさま出て行こうとするが、やはり翔の片腕に阻止されてしまう。
「流石に手出すのはダメだ…」
「待ってゆんゆん。あれ…多分ひまりめちゃくちゃ怒って…」
ダンッッ!!!
「るよ…?」
ひまりが壁を思い切り蹴った音に由希と翔は同時にビクッと肩を震わせた。
そしてそのまま据わった目で静かに怒り始めるひまりをポカンとして眺める。
「ひまりって…案外プッツンすると我を忘れるタイプ…?」
「いや…俺も初めて知った…」
やべーひまりすげぇじゃんっ!と笑い声を堪える翔だったが、由希は驚きつつも彼女から放たれる言葉を聞き取ろうと視線を縫い付けている。
自分の為に怒ってくれている。
ある意味"物"として扱われてしまっていることで傷つくかもしれない俺のために。
ひまりが引っ叩かれた瞬間反射的に足を踏み出していたが、怒りが消えぬままのひまりに翔が「もうちょっと待てって」と真剣な目で止められたことで握り拳を作ってその場にとどまる。
次にひまりから発せられるのは俺がひまりを大切に思っているということ。
反対にひまりも大切に思っていてくれていること。
それが嬉しかった。
ちゃんと俺が大切だと思ってることが伝わってるんだ、と。
ただ一言を除いては…。
「家族…ねぇ」
翔が呟いた言葉を由希は聞こえないふりをしていた。
そして顔を歪め、胸の真ん中を鷲掴みにして肩で息をし始めるひまりに目を鋭くさせる。
「やばい…。発作っ」
「え?発作って?」
ハテナを浮かべる翔の手を振り払い足早に彼女の元へと向かう由希。
翔もそれを追いかけるように立ち上がって後に続いた。
女子生徒3人が驚いた様に由希を見たが、無視して彼女の腕を引っ張る。
その時に言っていたひまりの言葉の真意に気づかないふりをして。
驚いたように見上げるひまりの頬が赤いこと。
そして発作の影響なのか僅かに唇が震えていることに、沸々と湧いてくる怒りを覚えたがまずは落ち着かせることが先決。
勿論、怒りに震える自分自身も。
由希の背中に移動させられたひまりは、戸惑ったように由希と翔の顔を何度も往復して見ていた。