第7章 ベール
時が経てば、忘れてしまうかもしれない。
今までの思い出も、こうして言葉を投げかけてくれた由希のことも。
私は忘れてしまうかもしれない。
でも…。と心の中で呟くひまりは目に涙を浮かべていた。
「うん…うん。欲しい…思い出…由希と…夾と…みんなと……」
何がキッカケで自分の頭の中から記憶が消えていってるのか分からない不安。
それでもやっぱり、思い出が欲しいと思った。
残りの時間でもっと色々なことを経験して、笑い合って。
それだけで。
思い出が作れるだけでいいと思っていたのに。
浮かべた涙を零し始めたひまりに由希は一瞬ギョッとする。
何故泣いてるのか。
ひまりはこんな風にすぐに泣く子だっただろうか。
戸惑いはあったものの、感情が出せるようになったことはもしかしたらひまりにとっては良いことなのかもしれない。
だが、何処か寂しそうに涙を溢れさせる彼女に一抹の不安が過ぎったのも事実。
潑春が言っていた"壊れそう"とは、この儚さなのかなと心の片隅で思う。
「なんだかひまり、泣き虫になったんじゃない?」
「…かもしれない」
両手で目を覆うひまりに困ったように笑った由希は持っていたプリントを机に置いて、泣いている彼女の肩に寄り添った。
その肩に自身の頭を預けて瞼を閉じる。
「ねぇひまり。どうしたら泣き止んでくれる?」
「しらんっ。わからんっ」
「ふふっ。何その喋り方」
「うるさい。由希重い」
「知ってる」
ひまりはその肩の重みと温かさに少しだけ、心が癒されるような感覚だった。
それなのに。
どうして、どうしてこんなにも。
胸が締め付けられるんだろうか。
離れたくない。そばにいたい。
もしも忘れてしまっても新しく作っていけるように
この先もずっと。ずっと…。
ねぇ?やだよ。
私だけ消えてしまうのは。
ねぇ、嫌だよ。
幽閉されるなんて嫌だよ。
心の中でだけは、どうか
ワガママを。
「肩取れそう」
「取れるもんなら取ってみて?」
「…ほんと最近の由希はドS醸し出してくるよね」
「誰かさんが泣き止んでくれるなら解放してあげる」
物わかりの悪い私の
聞き入れてもらえないワガママを
心の中でだけは、どうか…。