第7章 ベール
食事を終え、利津も帰り、お風呂を済ませてから由希は夾の部屋の前で立っていた。
気は進まないが、自分でやると決めたからには仕方がない。
重たい腕を上げて軽くノックをすると気怠そうな返事が返ってくる。
ひまりの訪問だと思っているであろう部屋の中の人物に「俺だけど」と声をかければ、予想通りの沈黙。
ドア越しでも夾の空気が変わったのが分かる。
それもその筈。
紫呉の家に同居し始めてから、由希が夾の部屋を訪ねたことなど1度もなかった。
勿論、その逆も。
ゆっくりと開かれるドアの向こうに見えたのは、明らかな敵意と嫌悪。
だが、今はそれに乗せられる訳にはいかなかった。
「話がある。…お前に」
由希の言葉に怪訝な顔をしてみせた夾は、眉をしかめて目を細めた後、「俺には無ェよ」と視線を外してドアを閉め始めた。
そこに素早く足の先を挟み込み阻止する由希に、苛立ったように舌打ちをする夾。
「ンだよ!お前と関わる気は無ェっつってんだろ」
「悪いけどお前の意見は聞いてない」
眼光を鋭くさせた由希に、夾も同じく睨みを利かせる。
言い返そうと口を開いたが由希の言葉に遮られてそれが音になることはなかった。
「ひまりのことだ」
夾は口を開いたまま"ひまり"の名前にドアノブを握っていた手の力を緩める。
その瞬間を見逃さなかった由希は扉を押し込み、閉められないように1歩前にでて扉に寄りかかって腕を組んだ。
「なん…っ」
「ひまりの呪いを解く」
夾は息が詰まったように目を見開いたまま動きを止めた。
そして、まるで混乱を落ち着かせるように歪ませたままの口角を僅かに上げる。
「は…?なんだそれ、頭でも狂ったのかよ…そんなもんできる訳…」
「やっぱり知ってたんだな。ひまりが物の怪憑きだって」
由希の言葉に狼狽した様子で視線を逸らした夾は「知らねェよ、そんなもん」と拳を握っていた。
「別にお前が知らぬ存ぜぬを貫こうが、ひまりが傷付かないなら俺にはどうだっていい。でも協力はしてもらう」
「……何かアテはあんのか?何も無しに解くなんて言ってんじゃねェだろ」
まだ不信感を漂わせていたが、夾が自分に向ける視線に敵意がないのはいつぶりの事だろうか、と由希はぼんやり考えていた。