第7章 ベール
「ていやっ」
掛け声と共に扇子を利津の脇腹に押し付けると、スイッチをオフにしたようにふにゃりと力なく倒れる利津。
「りっちゃんパパからのアドバイス!りっちゃんの暴れすぎには"慌てず騒がず脇プッシュ"ってね」
パチンとドヤ顔の紫呉に「なんだそりゃ」とキッチンにいた夾が呆れたように呟いた。
「いや、これ利津は大丈夫なの」と紫呉に不信感を抱いた表情で視線をやったが、当の利津は本当に落ち着いたようで上体を起こすとちょこんと正座をして座っていた。
「すみません…取り乱してしまって…ひまりさんご無事で何よりです。またお会いできて本当に嬉しいです。お顔立ちがお母様にそっくりになられて…。あ、由希さんも綾兄さんと瓜二つになってきましたね」
微笑む利津は良かれと思って言ったのだろうが、2人にとっては地雷案件だったようで表情を暗くさせてクスリとも笑うことはなかった。
「そうかもしれないね、まぁ…ごゆっくり…」
「俺…ちょっと着替えてくる」
キッチンへと向かうひまり、持っていた袋を置いて居間を出て行く由希。
2人の態度に「私何か余計な事言いましたかぁぁああぁ!?」とまたパニックを起こし謝り倒す利津を紫呉が楽しげに脇腹プッシュで収めていた。
「片付けありがとう夾」
「あ?あぁ」
買ってきた食材を片付けてくれていた夾にお礼を言い、何故利津がさっき夾に謝り倒していたのか問うと、彼はシンクの中を指差した。
ひまりがその中を覗くとパックの卵が置いてあり、10個全てが割れてしまっていた。
「アイツがぶつかってきて、卵が全滅したんだよ」
「あらら。じゃあホットケーキもお預けかぁー。晩ご飯何しよー?」
「買ってきた鮭でも焼きゃいいんじゃね?片しとくから先に着替えてこいよ」
さっさと行けと言うように手を数回払う夾の言葉に従いひまりは自室に行くと部屋着へと着替え始める。
スウェット素材のショートパンツを履いて、Tシャツを着ようとしたときに目に付いた右腕の傷痕。
慊人に付けられたそれは痛みはもう無いが、ミミズ腫れのようにぷっくりと膨らんでいて存在を主張していた。
傷跡治らないかなーと指でなぞっていると、コンコンとドアをノックされ「はいー?」と返事を返した。