第7章 ベール
ひまりの母親は、今考えると物の怪憑きの親としては珍しく"まとも"な部類だった。
本家の中で手を繋いで楽しそうに歩いていたり、幼い彼女を愛おしそうに抱き締めている所を由希は何度か見たことがあった。
ひまりを産んでからは人が変わったように当主の慊人に盾突く、草摩一族の中では煙たがられている存在だと噂も聞いたことがある。
ひまりが物の怪憑きだと知った今、盾突いてた理由にも納得がいく。
それなのに…そんな人が言うだろうか?
愛娘のことを産まなきゃ良かっただなんて…。
「俺も由希と同意見。そんなこと言うなんて信じられないけど。でも記憶に蓋までしてるひまりが嘘ついてるとも思えない。本当にそう言われたからこそ、愛されてた時の記憶が辛くて無意識に忘れようとしてるんじゃない」
「確かに…正直俺らはひまりのお母さんとあんまり話したこともないしね…」
「でも、リンは違う。リンならその時の記憶が鮮明にあるはずだし、ひまりの母親とも仲が良かった。だからリンに色々聞こうと思ったんだけど…」
「…けど?」
頬杖をついていた手を下に下ろしポケットに入れる。
そのまま背もたれに体を預けて天井を仰いだ。
「こないだリンに会ったけど、俺のこと完全拒否。ろくに話もしてくれない。そして何故かひまりもリンに会いたがらない。八方塞がり状態」
「…それで俺にも話にきたってことか」
「うん。三人寄れば文殊の知恵って言うし。ってことで…夾にも話すつもり」
「え、アイツまだ知らないんじゃないのか?ひまりが物の怪憑きだって…」
「知ってる」
由希はまた目を見張って驚きで口を開く。
この短時間でどれだけ驚かされればいいのだろうかと頭の片隅で思った。
「知ってるよ、夾は。俺の勘違いじゃなかった。居たんだよあの夜、ひまりが全部打ち明けてくれたあの場に。結局はぐらからされたけど、ババ抜き中に見せる表情と同じ顔してたし。まず間違い無い」
——— 由希、気付いてた?昨日
スイカ割りの時に潑春が言おうとしていた意味がようやく分かった。