第6章 執着
逃してやるつもりなんて無ェよ。
階段を降りた所で潑春が声を荒げた。
「ふざけんなよ!!!」
「……春…」
ひまりは驚きはしたものの、立ち止まって潑春をジッと見つめていた。
鋭くさせた瞳のまま、目の前のひまりの右肩を無遠慮に掴む。
完全にブチ切れている潑春をひまりは怖いとは思わなかった。
睨むでもなく、怯えるでもなく、真剣な眼差しで彼と対峙している。
「何勝手に諦めてんのか知んねーけどな、俺はぜってー諦めねぇからな!解放してやれるかもしんねぇソレにしがみついて何が悪ぃんだよ!あぁ!?現実に目ェ向けてねーのはどっちだ!?楽な方に逃げてんじゃねぇぞ!?!」
「逃げてないよ。受け入れることも必要なんだよ。変えられないこともあるんだよ」
「はっ。ンなただの言い訳なんて聞きたかねーよ反吐が出る。そりゃ変えられねーよな?目の前の可能性に目瞑って踏みつけんだもんなぁ??」
「分からないよね春には!!!打ち砕かれる痛みなんて知りもしない癖に!!!」
潑春の煽りにひまりも声を荒げた。
でも頭のほんの片隅で冷静な自分が、出てしまった言葉に後悔していた。
分からないだの、知りもしない癖にだの、春がどんな物を背負ってるのかも分からないのに、とんでもなく身勝手で自分都合な言葉を吐いている。
そうは思っていても、沸々と湧き上がるそれは冷静な自分をかき消してしまう。
「僅かな希望なんかに縋ってまた打ち砕かれたら…そんなのッ」
「もう独りじゃねぇだろ!!」
被せて発される潑春の言葉にひまりの目から一瞬にして怒りの色が消え、代わりにその瞳を揺らす。
「いつまでおひとり様気分でいんだよ!お前が出てった後のことなんか知らねぇし、どんな風に打ち砕かれてきたかなんて分かんねぇよ。でもな!!その時と今は違ぇだろ!俺も他のヤツらも居んだろーが!!さっきみたいに名前呼べよ!縋り付いてこいよ!何があっても引き上げてやるから!絶対!」
浅い呼吸をする潑春の瞳からも怒りの色は消えていた。
ひまりの肩に置いた手を、そのまま腕をつたって滑らせて手を握るとしゃがんで項垂れていた。