第6章 執着
ひまりは呆然と立ち尽くしたまま、しゃがむ潑春に視線を向けている。
そんな彼女の手をギュッと握るとため息と共に「あー…もう…頼むよ…」と呟いた。
彼女の耳にそれが届いたのか、ただの独り言だったのかは定かでは無い。
怒鳴りつけたかった訳じゃ無い。
ただ、あまりにも綺麗に笑うから。
諦めたように微笑むから。
止められなかった。
「ごめん…キレるつもり、なかった」
「…うん」
「でも言ったことは後悔してない」
「私も…ごめん。春が何を背負って生きてきたかなんて知りもしない癖に…何もわからないなんて…決めつけて…自分勝手なこと言って…ごめん」
ひまりは握られた手をそのままに潑春の前にしゃがんだ。
その瞳を潤ませながら。
「ありがと…ありがとう春」
それ以上細めれば溜まった涙が溢れてしまいそうな目で微笑むひまりに息を呑んだ。
湧き上がるソレはどうにも抑えられそうにない。
「でもゴメンね。リンには会えないんだ」
今度は僅かに首を傾けて困ったように笑う。
すると目尻から涙が溢れ落ち始めたのを見て苛立ったように眉を潜めると、彼女の腕を掴んで強引に引き寄せる。
「やってやるよ」
不安定な立ち位置にいるひまりだからこそ、呪いが解ける可能性は他の十二支に比べれば確かに望みはある。
今分かった。
ひまりに対する感情はどうやら抑えが効かないらしい。
しゃがんだまま引っ張られたひまりは目を見開いて重力に従って潑春の元へと倒れ込んでいく。
潑春はそんなひまりの頭と背中に手を回し、力強く抱き締めた。
僅かにだけ感じられた彼女の髪の匂いと体の柔らかさに、また感情が暴れ出した。
好きで、好きすぎて堪らない。
直後、変身するときの音と衝撃と共にひまりの衣服がだらしなく地面へと落ちる。
その衣服の中から小さくなったひまりが大層ご立腹な様子で潑春を睨みつけていた。
「はーつーはーるー…っ!!!」
「…不可抗力ってやつ」
「完全なる確信犯でしょーが!!!」
「…あ、ピンクだ」
「人の下着をマジマジと見るなっ!!」
必ず呪いを解く方法を見つける。
僅かな可能性にだってしがみついてやる。