第6章 執着
「ま、待って。リンが?私に関してのこと?それって良いこと…ではないよね…多分」
「分からない…でもマイナスな事じゃないと思う。リンはひまりのこと大事にしてたし」
潑春の記憶では、依鈴は本当にひまりを大事にしていた。
ひまりが由希がいる隔離部屋へ忍び込む時は、それが誰かに見つからないように見張り役としてついて行ったり、ひまりが常に何処にいるのかなんて依鈴に聞けばわかる程。
それはまるで、過保護すぎる親のようだった。
そんな依鈴が、ひまりが戻ってきてから全く会いに来なかったのは、今考えると不思議で仕方ない。
「リン…には、会えない」
俯いてひまりがか細い声で言う。
潑春は首を傾げた。
ひまりもあれ程慕っていたのに…と。
「呪いが一瞬でも解けたとか…そんな淡い希望を抱くのは辞めよっ!何百年?って続いてるんでしょ十二支の呪いって。それが今更、変わるなんて…解けるなんてありえないよ。きっとあの時変身しなかったのも何かの間違いでしょっ。もっと現実的に考えよ」
ははっと不自然に笑って潑春に背を向けると家の前にある階段を降り始める。
そんなひまりを片眉を沈めながら追いかけた。
ブラックが降臨してない時に苛立ちを露わにするのは珍しい。
「それを言うなら、ひまりの存在は今までにないイレギュラー。それはどう、説明するの」
「…分からないけど…。けど…憶測でしかない希望に縋るのは、やめよ」
「実際に変身しなかった。これは事実。じゃあその可能性、確かめようとは思わないのか」
夕陽に照らされた夾の背中を見て思い出した筈の母の姿。
忘れていくだけだと思っていたのに思い出せた。
だが、結局は何も変わらない。
むしろ悪い方へと進んでいる。
消えている。ひまりの頭の中から確実に。
記憶のことも、呪いも、幽閉のことも。
受け入れてしまった方がきっと楽だとひまりは結論付けた。
「…思わない…。きっとこの呪いに、希望なんてないよ」
振り返ったひまりは綺麗に微笑んでいた。
その顔に潑春は胸を締め付けられるような感覚に陥る。
ひまりのその姿が、まるで煙のように思えた。
目の前にいるのに掴めない、そのまま消えていってしまうような。そんな煙に。