第6章 執着
変身どうこうに関しては、ひまりも疑問に思っているということはココで聞いた所で解決の糸口は見つからない。
潑春は考えた末、もうひとつの疑問を投げかけてみることにした。
「記憶から、消えてたって?」
潑春の言葉に僅かに彼女の瞳が揺れた。
そして後ろめたいことがあるかのように潑春から視線を逸らす。
「お母さんの…記憶だけが、ないの。顔も、声ももう…覚えてない」
「…それは、どうして?」
潑春の問いにひまりは口を固く閉ざした。
視線を逸らしたまま何も言わないひまりは1分ほどの沈黙のあと、彼の衣服を握っていた手の力を緩めてから軽く息を吸い込む。
「…息を引き取る直前に、産まなきゃ良かったって。それがショックだったから…だと思う。けど、お母さん以外の事も…忘れていってるんじゃないかって…思って…」
母親の記憶だけが消えてる…という事なら潑春は納得した。
なんせ、閉じ込められたひまりを見つけたあと、依鈴に言われて呼びに行ったのは彼女の母親。
後々に聞いた話では、ひまりが閉じ込められた原因もその母親が慊人に反抗したからだそうだ。
依鈴と潑春が、ひまりを勝手に部屋から出した事を慊人に咎められなかったのも、彼女の母親が代わりにその不興を被ってくれたから。
だから潑春は信じられなかった。
あの母親がひまりに対して「産まなきゃよかった」等と言うことが。
見つけたひまりを力強く抱きしめて涙を流していたあの姿は本物だったと信じたい。
でもひまりが嘘をついているようにも思えなかった。
裏表が激しい人間もこの世にいるのは確かだ。
あの母親はもしかすると、その類の人だったのかもしれない。
潑春もそんなに親しかった訳では無かったので、その判断を今この現状では出来なかった。
だからこそ悩んだ。
あの時のことを何処まで話すべきか。
忘れていた方がいい事もあるんじゃないだろうか。
実は愛されてなかったと落胆する彼女に言ってしまうことは、ただ傷つけるだけなのではないか。
この事件が原因で慊人の不興を買った際、母親の自慢の長い髪が切られても尚、ひまりのことを守ろうとした。
そこに愛情があったのだと確認出来ない今、その可能性を提示するのは酷ではないか…と。