第6章 執着
「じゃあ春も紅葉も泊まるつもりなの!?」
階段を降りきった所で、生温い風と共に依鈴の耳に届いたひまりの声。
由希、紅葉、潑春と並んで楽しそうに歩くひまりを見て、依鈴は顔を歪めて舌打ちをする。
そして彼女たちに気付かれないように、道から逸れた木々たちが生茂る方へと髪を靡かせながら足早に歩いていった。
風に弄ばれる長い黒髪をその目に捉えた潑春は、その場で立ち止まり一瞬だけ眉をピクリと動かした。
「…ごめん。先に先生のとこ…行ってて」
「??どうしたのハル?ワスレモノー?」
3人が立ち止まった潑春を振り返る。
神妙な面持ちで視線を下げている潑春に何事か。と不安気に眉尻を下げ彼の元へと集まる。
「俺…いつも捕まえたセミの幼虫、先生の家に来る前に全部向こうの木につけてたんだけど」
「おい待て。人ん家の近くで何してくれてんの」
「…ひまりに夏の風情を、味わってもらおうと…」
「あ!そういえば今日の朝もヨーチュー持ってたね!ハル!」
あははーと笑う紅葉に「持ってたね!じゃないよ!蝉が増えて暑苦しくなるじゃんかー!」とひまりは潑春に抗議していた。
「今朝の幼虫、ちょっと弱ってたから心配。様子見てくる。だから先行ってて」
「え、そうなの。大丈夫かな。幼虫…早く行ってあげてっ」
潑春の言葉に感化されたひまりに「もう暑苦しいのはいいんだ…?」と由希が呆れていた。
潑春はポケットに両手を入れて、道を外れて木々の中に入ってきながら片手を上げてひまりに返事を返すとその姿を消した。
ひまりと紅葉は「心配だね」とお互い眉尻を下げながら階段を登り始めるが、由希は潑春が消えていった方を見たまま動こうとはしなかった。
そんな由希に紅葉が声を掛けると「ごめんごめん」と2人の後を追って階段を登り始める。
ひまりと紅葉と違って、潑春のいつもと違う雰囲気を感じ取っていた由希だったが、潑春の話を信じ込んでいる2人を心配させない為に、一旦抱いた違和感に蓋をした。
「ねぇひまり!!晩ご飯ピザとろうよ!」
「わぁ!ピザパーティだね!私、お餅が入ってるのがいい!」
夏休み最後のお泊まり会にはしゃぐひまりと紅葉について歩きながら今度は由希が、神妙な面持ちになっていた。