第6章 執着
茹だるような暑さに目眩を覚えながらも紫呉の家へと続く階段を、重く感じる足を上げて一歩一歩踏み締めていた。
階段を上がりきるとザァーと木々達がその身に付けている葉を鳴らしながら吹く風が、依鈴の長い黒髪を弄ぶ。
今の季節には不似合いなヒールのついた黒いブーツで向かうのは玄関ではなく庭の方だった。
そこには縁側に腰掛け団扇で風を作りながら読書をしている紫呉。
「おや?珍しいねリン。久しぶりだね」
庭からの訪問者というイレギュラーな状況だが、紫呉は微塵も驚くことなく口元だけで笑みを作る。
「その内来ると思っていたよ。まぁ、とりあえず中にお入りよ」
パタンと本をたたみ立ち上がると彼女に背を向けて中へ入るように促す。
そんな紫呉の後を靴も脱がず、そのまま上がり込む依鈴に困ったように笑うと「うちは土足厳禁だよー」と軽く注意をするが依鈴はその注意を聞き入れることはなかった。
「ねぇぐれ兄、教えて」
「…何を?」
持っていた本を戻す為に書斎に入る紫呉を土足のままおいかける。
依鈴が着物の袖を掴むが紫呉はその行動を止めずに本棚に本を戻してから座椅子に腰掛けた。
「ひまりのこと」
「まぁ、君がここに来る理由と言えばそれしかないよね」
片眉を下げてせせら笑うと書斎の机に肘を置いて頬杖をつく。
依鈴は立ったまま、まるで紫呉を見下すかのように彼を見つめる。
「ぐれ兄、どういうこと?どうしてあの子…まだ呪われたままなの?」
「そもそも解けてなかったっていう風には考えないの?」
呆れたように目を細める紫呉だが、依鈴はポーカーフェイスを崩さない。
「教えて…あの子のこと…連れ戻した、理由」
「前から思ってたけど君の執着は凄いねぇ?例えばそれを僕が知ってたとして…僕に何か見返りでもあるの?リンちゃん?」
煽るように首を僅かに倒すと依鈴は彼の前にしゃがみ四つん這いになってその太腿に手を置いた。
「あげる…何でも。私の体でも…心でも」
太腿から胸元へと手を滑らせていくと、馬鹿にしたように微笑んでいる紫呉の瞳を見つめる。
まるでこのまま理性を飛ばしてくれとでも言うように。
「馬鹿なの?君は。既に決まってる心をどうやって僕に渡すのさ?」
鼻で笑うとサラサラと落ちる黒髪を依鈴の耳にかけてやった。