第6章 執着
「ちょっと…笑わないでよ…」
「脅しにきた割には、えらく態度が弱気だな」
また肩を震わせる夾に、今度は恥ずかしさが込み上げてきたひまりは彼に吊られて困ったように笑った。
「うるさい。脅しに来たんだからちょっとはビビれっ」
「すみませーん。見た目が雑魚すぎてビビり方がわかりませーん」
「見た目がザッ…!!ひどっ!鬼畜ネコめ!バーカ!バーカ!!」
夾の頭に鉄拳を喰らわせようと拳を振り上げるが、彼の手で額を抑えられその長い腕を伸ばされればひまりの攻撃は届くはずもなく風を切る。
今度は両手を使って何度も試みるが、頬杖をついたまま余裕の笑みを見せている夾に触れる事さえも出来なかった。
「ふふっ…」
「あ?…なんだよ」
ひまりの額に伸びる自身の手首を彼女が両手でギュッと握りしめ笑い出すから、夾は握られた手に戸惑っていることがバレないように片目を細めて不審そうな目を向ける。
「ふふっ…。なんか久しぶりだなって。こうして言い合うの」
あまりにも嬉しそうに笑うひまりに、夾は面食らったように目を丸くさせていた。
顔に熱が集まっていることがバレないように、握られた手首はそのままに顔だけを窓の方へと向ける。
部屋の中からでも見える月と星はまるであの日見たもののようで
「…そうだな。有限、だよな時間は」
時間に限りがあるなら、コイツの為に使いたい。
こうやって笑わせることができるなら
俺の残りの時間をひまりのための時間に使いたい。
自分が一緒にいたいがための言い訳だろうか?
「分かったよ。大人しく脅されてやるよ」
「脅される癖に、態度が上からなんですけど?」
見返りを求めてる訳じゃない。
そんなに図々しい考えは持ち合わせていない。
「っるせ。脅されてやるってんだから素直に喜んどけ」
ただ一緒にいたい。
猫憑きが辿る末路が来るその日まで。
傍で俺が笑わせてやりたい。
「なにそれーやっぱ上から目線じゃんかー」
あの日泣きじゃくるひまりに伸ばせなかった手。
その手を握って笑う彼女が愛おしくて仕方なかった。
「ッるせ。ばーか」
呪いを背負った彼女がこれ以上苦しまないように。
せめて俺がいる間は…。
目の前で笑うひまりを見つめながら、そんな事を考えていた。