第6章 執着
後ろ髪を引かれながらも、言われた通りに居間を出て行くひまりに笑顔で手を振ると、目を鋭くさせた微笑みに表情を変えた紫呉が由希に視線をやる。
「で?由希君はどうしてそんな顔をしてるんだい?」
「…何か知ってるのか?ひまりのこと」
まるで紫呉を睨みつけるように、顔を険しくさせた由希が腕を組みながら問う。
その姿を見て、同じように袖に手を入れる紫呉。
「何か…っていうのは?例えばひまりが物の怪憑きだってこととか?」
「やっぱり知ってたんだな。そのこと」
「まぁ、随分前にね。それより僕は、由希君が知ってたことに驚いてるけど?ずっと気付かないままなんじゃないかと思ってたからね」
本当に驚いたのかどうか疑わしい程に涼しい顔をして、更に煽るような物言いに由希は苛立ちを覚えていた。
随分前から?
それなら疑問が浮かび上がる。
「じゃあ、なんでひまりを連れ戻した?草摩から抜け出せていた筈なのに。あのときどうしてひまりを連れ戻したんだ?」
物の怪憑きであっても抜け出せてたなら…そのまま外で暮らせてたんじゃないか?
慊人の不興を買うこともなく、縛られることもなく自由に…生きていけてたんじゃないか?
わざわざひまりを連れ戻した理由って一体…。
「なにか…何か…企んで、るのか?慊人と…」
由希の問いかけに、やはり紫呉は表情を崩さなかった。
わざわざ連れ戻した理由は…ひまりを何かに利用しようとしてるから…?
「やだなぁ、由希君。もっと人を信用しなくちゃダメだよー」
はははーと笑う紫呉はやっぱり読めない。
誰の敵にもならないが、誰の味方にもならないような…なんとも食えない男だ。
どうせ何を言ったところではぐらかされるのが目に見えた由希は、肩を竦めて自室へ戻ることを決めた。
「もしもひまりに何かあったら…いくらお前でもただじゃおかないから」
通り過ぎ様に一言牽制の言葉をかけて。
既に階段を登り始めている由希にむかって、紫呉は「それは怖いなぁ」と肩を竦めた後、冷ややかな微笑みを浮かべる。
「まだまだ君達若者には抗って、藻掻いてもらわないと…。不変は徐々に変化しつつある…ねぇ?聞こえない…?」
少しずつ、ヒビが入る音が。
それは僅かな音だけど、それでも確かに…。