第6章 執着
紫呉はまた、袖の中に手を隠すように腕を組み直すと、先程よりかは真面目な表情をしている。
「生きる方がね、特段に勇気がいるよ。生きるには常に"変化"が付き纏うからね。良い意味でも悪い意味でも。人間は変化に恐怖を抱く生き物だから。どんなに嬉しい変化でも、僅かな不安を見出してしまうだろう?それに比べて死は、不変だからね。その先が無い。変わっていた筈の出来事も何も変わらず終わってしまう。」
ひまりは紫呉がなにを言いたいのか、本当に分からなかった。
それなのに何故だろうか。
心に重くのしかかるような"ソレ"は。
「死を選んだ所で世界は変化することをやめない。太陽が登っては沈むし、風が吹き、雨を降らせ新しい命を育む。変わらず変化を続けるんだ。まるで"死"に気付かないように…必要無かったとでも言うかのように、いつもと変わらなく変化を続けるんだ。それって、何だか悔しいと思わない?」
ニッコリ笑う紫呉に、ひまりは言葉でも表情でも何も返すことができなかった。
ただただ棒立ちしたまま紫呉の話に耳を傾ける。
「生を選ぶことは勇気がいるけど、それだけで世界に抗えて変化を与えられるんだよ。風が吹けば君が壁になり方向を変えて、芽吹く命の陰になる障害物を取り除いてやれば、その芽に陽を与えてやれる。ねぇ、気付いてる?ひまり。君が"ソレ"を受け入れるということは即ち不変…死を選ぶのと一緒なんだよ?変えたいと願うなら、とことん足掻いて藻掻かなきゃ…ね?」
話の内容と反して紫呉はパチンとウィンクをしている。
何だかとてつもなく、どぎつい事を言われた…気がする。とひまりは心の中にある鉛に圧を掛けられた気がした。
今、紫呉が言っている"ソレ"はそういう風に出来ている呪い。のことなのに。
まるで、卒業後に幽閉される自身の末路を受け入れていることについて言われているようで、言葉が出なかった。
「ま、簡単に言うとひまりはもっとワガママ言っていいんだよ。もっと欲張りで…我を通していいんだよってこと」
穏やかに微笑むと再度、ひまりの頭をポンポンと撫で、背中を押す。
「そんじゃ!とりあえずひまりはお風呂に入っておいで!」
いや、えっと…と戸惑ったままのひまりの背を強引に押し、ニッコリ笑いながらお風呂へと促した。