第6章 執着
ひまりはお風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、ローテーブルに置いた綾女が作ってくれた巾着を眺めていた。
そして思い出したようにくくっと笑う。
由希に持って帰ったことがバレたときは怖かったけど、紫呉に見せたときの大爆笑はこっちまで釣られて笑っちゃったなー。
あーおっかし。
そもそも何でショッキングピンクで刺繍したのか謎。
洋裁してる人のセンスじゃないでしょこれー。
ふふふっと再度笑うと階段を上がってくる足音が聞こえ、あ!夾だ!とその巾着を持ってドアへ向かう。
夾の為に作られたカーキの巾着には"楽羅命"と刺繍されていた。
何だよこれ!意味分かんねーもん作らせてんじゃねーよ!馬鹿かお前!?!?
目に浮かぶ夾の反応にニヤニヤと口元を緩ませた。
由希と私用の"兄命"を見せたらどんな反応するんだろー。気色悪ィとか言って嫌そうな顔するんだろうなぁ。
堪えきれない笑いをその頬に含ませながらドアノブに手をかける。
だがしかし、何となくモヤモヤしたものが心に纏わり付いた気がして一瞬ドアノブを握る手の力を弱める。
なんだろう?嫌な…感じ???
不思議な感覚に、まぁいっか。と気を取り直して盛大にドアを開いた。
「夾おかえりー!ねぇねぇこ…れ……」
語尾が詰まって言葉を続けられなかったのは、振り向く夾の表情が見たこともない知らないものだったから。
「お、ただいま」
その声音はいつも通りだった。
でも違う。
その表情が、何かとてもツラそうで苦しそうで。
「ど…したの?何かあった…?」
楽羅と…何かあったの?
持っていた巾着を後ろに隠して彼に問う。
初めて見る夾の憔悴した表情に、ひまりは酷く戸惑っていた。
楽羅と喧嘩…?にしても何か違う気がする。
何があったの?どうしたの…?
ひまりの言葉に夾は彼女の前に立つと、重そうな左手をゆっくりあげて頬を包み込む。
眉根を寄せて縋りつくように自身に触れる夾に、更に戸惑いと心配が増したひまりは、眉尻を下げてその顔を見上げた。
ひまりが自身の頬に触れる手に触れようとした時、夾の左手首に着けられた数珠が僅かに滑り落ち音が鳴る。
その瞬間、夾はパッと頬に触れていた手を離した。
まるで何かを思い出したかのように。