第6章 執着
ねぇ、夾君。
私はずるいよね。
私が夾君に声をかけた本当の理由。
貴方を好きになった、最初の理由。
初めて会ったあの日…
「夾ちゃん?猫の夾ちゃんだよね!私はね、楽羅って言うの」
「お、怒られる…お母さんが、他の子と口利いたらダメって…」
「怒られないよ!私仲間だもん。十二支の猪だよ!」
不安だったから…草摩の広場で貴方を見つけてたとき嬉しかった。
「ねぇ、夾ちゃん?何描いてたの?」
「目玉焼き……」
「目玉焼き好きなの?いつも1人で遊んでるの?お友達いないの?」
何も言わずに1人で目玉焼きを描き続ける夾君に安心した。
「ねぇねぇ、テレビは何が一番好き?」
「見ない。悪いこといっぱいってお母さんが怒る」
テレビも見せてもらえず友達もいなくて、いつも1人で遊んでるんだこの子って。
「じゃあ私が一緒にいてあげる!今日から毎日!ずっと傍にいてあげる!」
「……ほんと?」
ねぇ、夾君。
酷いよね。
最低だよね。
「楽羅…」
広場へと繋がる階段を登る途中で夾君に呼び止められる。
「やっぱり分かっちゃった?どこに向かってるか…」
そう答える私に何も言葉を紡ぎ出さないが、ウン。とその目が言っている気がした。
「そうだよ。子どもの頃に夾君とよく遊んだ思い出の場所!」
夾君にとっては苦い思い出が多いこの場所に連れてきたのは、夾君に対しての皮肉でも嫌がらせでもない。
「到着ー!わぁ!変わってないねー!」
自分の懺悔のためだ。
「夾君はあんまり近付きたくない場所かもしれないけど…。私が夾君の本当の姿を見ちゃった場所だしねっ」
努めた。
出来るだけ明るく。
気丈に振る舞いたかった。
懺悔に付き合わせておいて、暗くなって気を使わせるのが嫌だったから。
この場所は猫憑きの"本当の姿"を始めて見た場所。
嫌がる夾君の左手から、私にも付けさせて!と無理矢理数珠を奪った。
あの時の絶望した夾君の顔は今でも脳内に張り付いている。
数珠が外れてすぐ、夾君から聞いたことない呻き声と、言い表しようのない酷い臭い。
そしてまるで化け物のような夾君の姿に悲鳴をあげて逃げ出した私。
必死で逃げる私とすれ違うように真っ直ぐに夾君の元へと向かうひまりのことをハッキリと覚えている。