第6章 執着
「兄さんと…少し話をしたんだ。ひまりが着替えてる間」
ポツリ…と話し出す由希を見上げると、疲れの中にも少し嬉しそう頬が緩んでいた。
「俺と一緒だったんだ。兄さんも自分無しでは存在しない何かを産み出したくて洋裁を始めたって。何かを作り出す力が自分にもあるってことを確かめたかったって…」
それは別荘で聞いた由希の話によく似ていて、綾女がそんな事を…とひまりは驚いていた。
「驚いた。俺と兄さんは全くの正反対だと思ってたから。兄さんでも存在意義が欲しかったんだってことに…驚いた。俺と似てる部分も確かにあったんだなって。目を背けてちゃ見えないものがまだまだあるんだって」
いつも自分のペースで非常識な行動言動の綾女が、真面目な話をするということはとても想像がつかなかったが、由希の事を大切に思っている事だけは前々からなんとなく分かっていた。
綾女はただ、不器用なだけなのだと。
綾女のことは苦手だが、由希と仲良くなってくれればと思っていたことも事実だったので、2人が少しずつでもお互いを認め合っていけてるのならこんなに嬉しいことはなかった。
「ただ…」
「ん?」
「兄さんは余計な行動や言動が多すぎる」
あ、それ今私思ってたやつ…と思いながらはははーと相槌代わりの愛想笑いをする。
「兄さんはそういうものだと諦めて接しないと、あの人のペースに巻き込まれてただただ疲労感が溜まっていくだけってことも分かった」
本日もその疲労感とやらが全身に溜まっているかのように、由希の姿勢は僅かに前のめりになっていた。
その肩を、苦笑を漏らしながら労るようにポンポンと叩く。
「得るものもあるんだから。良薬は口に苦しって言うじゃん?」
「うん。ひまりそれ全然違うよ」
涼しい顔で即突っ込んでくる由希に、指を1本顎に当てて他の言葉を考え始める。
「じゃあ何て言うのー?こういうとき」
「……疲労困憊?」
「それ疲れ倒しただけだから」
由希とひまりはお互いの顔を見合わせると、狙ったかのように同じタイミングで吹き出した。
まだまだ蝉の声が鳴り止まない昼下がり。
どうせならデートしようか。と提案する由希に「晩ご飯の買い物!」といつもと変わらない場所をひまりに指定された由希は了承しながらも僅かに肩を落としていた。