第6章 執着
「待っ、て!無理っ!何こ…ぶっ!あははははは!」
思わず吹き出し笑いが治らないひまりとの温度差が激しい由希は、冷めた目でそれを見つめていた。
美音に渡された巾着はブルーとピンクに"兄命"
そしてカーキには"楽羅命"と書かれていた。
しかも刺繍の色は全てショッキングピンクだった。
「そうかいそうかい由希!この兄の愛溢れる刺繍に歓喜のあまり言葉も出ないということだね!王家の気品溢れるこの兄に漂うカリスマ性を尊んでくれているということだね!いや分かっている!マイスイートブラザーのことはこのボクが一番よく分かっているとも!」
「どうして…ひまりのも"兄命"なの…?」
「至極簡単なことだよ!ひまりは由希の未来の伴侶だからね!と、いうことはこのボクがひまりの兄になるという訳だよ!運命の赤い糸とは昔の者達は上手く言ったものだね!かの有名な…」
「帰ろう。ひまり」
「え、これは!?」
もう疲れた。と言わんばかりにゆらりと立ち上がる由希にひまりが巾着を手に持って見せると、黒い笑顔で数回首を振った。
"いらない"ということだろうが、折角作ってもらった物を置いて帰ることに気が引けたひまりはこっそりと持って帰ることにした。
決して、面白いから紫呉と夾に見せたいなどという邪道な理由ではない。
由希達が帰ろうとしていることに気付いたのは美音のみで、夢中で話をし続ける綾女を放置したまま見送りにきてくれる。
「あの、この服…」
「そのまま貰っちゃって!」
「いや、でも…」
「いいのいいのー!実はその服、戻ってきたひまりちゃんへのプレゼントだってテンチョが作ったんだよ!火事にあっちゃって、デートで着る服のひとつも無いだろうーって」
「そう…だったんですか」
何だかんだで気にかけてくれていた綾女にお礼を言う為、店内へ戻ろうとすると美音に止められる。
「今戻ったら本格的に帰れなくなるっしょー!このまま帰って帰って!弟君もひまりちゃんもまた遊びに来てねッ」
確かに綾女に何かを話しかければ、100以上で返ってくることは今までの経験上よく分かっている。
ここは美音の言葉に甘えて、こっそりと帰る事をひまりは選択した。
笑顔で手を振る美音に2人で会釈をすると店を後にした。