第6章 執着
ひまりに見送って貰った夾は、道場までの道を歩きながら頸に手を置き大きくため息を吐いた。
道場へ行くのが"憂鬱"なのかもしれない。
別荘で慊人に呼び出され、自覚した自身の恋心。
それと同時に思い出した、ひまりが言っていた言葉。
——— 中途半端なことして欲しく無かった…勘違い…したくなかった…
愛してくれていると信じていた母親からの裏切りを、震えながらに教えてくれた心の奥底のひまりの感情。
楽羅のこと…けりをつけなきゃならない。
楽羅の暴力が怖かった訳じゃない。
鬱陶しいと思うことは多々あったが、猫憑きの自分を「好きだ」と真っ直ぐに伝えてくれる楽羅に、押しに弱いから。という理由をつけて甘えてた部分は確かにあった。
でも、自分の態度は確実にひまりが絶望した"中途半端"なものだ。
楽羅のことは大事だ。
しかし、これが恋になることは無い。
「きょーうーくぅーん!!」
背後から聞こえた声に、楽羅だということはすぐに分かったが、振り向くことはしなかった。
「もう!すっごくすっごく会いたかったよー!ねぇねぇ、別荘のお土産はー?」
背後から抱きつくと、ちょこんと顔を出し"お土産"を期待していた楽羅は片手を夾の前に出すとキラキラした目で彼を見つめていた。
「あ?ねぇよ、そんなもん」
素っ気なく答える夾に、口を尖らせると胸ぐらを掴んで前後にガクガクと揺らし始める。
「ひっどーーい!それが恋人に対する仕打ちなのー?!」
「楽羅」
「愛がないっ!夾君には愛がなーい!」
「楽羅…」
夾は掴まれている手を持って、揺らされているのを止めると真剣な眼差しで楽羅と視線を合わせた。
「話がある。お前に、ハッキリ言っておきたいことがある」
意を決したように、落ち着いた声音で話す夾を楽羅は何かを察したような目で2、3度瞬きをした。
「俺は…」
「デート!」
「…あ?」
「デートしてくれないならお話聞いてあげない!」
夾の言葉を遮ると、駄々を捏ねる子どものような口調で彼から一歩離れ、背を向けた。
「…なんだよそれ」
「絶対!一生聞いてあげないから」
ムッとした顔で振り向く楽羅。
「お願い…。もう少しだけ私のことで困って見せてよ」
また夾に近付きギュッと抱きつくと縋るようにそう呟いた。