第6章 執着
「おはよう兄さん」
寝起きの機嫌が最悪な筈の由希は、自身の兄に爽やかな笑顔で朝の挨拶をしていた。
背中を支えられていたひまりは未だに現状を理解出来ず、頭にハテナを浮かべながら「由希が2人…?」と寝惚けているようだった。
「グッモーニン!愛しき我が弟よ!いつもはお寝坊さんな由希が、笑顔をボクに向けてくれているとは正に!ボクの溢れんばかりの愛情が、由希の心の扉を開いたということだね!そういうことだね!?」
意識がハッキリしてきたひまりは「あぁ、綾女か…」と理解した所で、由希と綾女はいつの間に仲良くなったんだろう…と由希の顔を見上げた。
綾女の言葉に笑顔を崩さず言葉も発しない彼を見て、あ、違うコレ。怒ってるやつだ。と苦笑した。
「ところで兄さん、ひまりに何しようとしてたの?」
「案ずることはない由希!心配するようなことはなにもないさ!二度寝の眠り姫の澄んだ瞳を、我が瞳に焼き付ける為に熱い抱擁と口付けで目覚めさせようとしただけなのだよ!」
「散れ。今すぐ帰れ」
「オイコラ、結局セクハラじゃねーか」
気怠そうに突っ込みながら頭を掻く夾に、ひまりはそういえば夾は何に怒ってたんだろう。とまた首を捻っていた。
「騒がしいと思ったらみんな早起きだねー?」
階段からひょっこり顔を出す紫呉に由希は壁に置いていた足を下ろす。
綾女が「やぁやぁぐれさん!」と言いながら近寄るのを見て、ひまり、由希、夾は嫌な予感がする…と三人共顔を引きつらせた。
「ずっと待っていたのに、どうして来てくれなかったんだい?ボクは失意の念に苛まれて一睡も眠ることが出来なかったじゃないか…」
「すまないあーや。だが、君への愛は本物だということだけは信じてほしい…」
やっぱり…と予想通り始まった悪ノリに三人は下瞼をピクピクと痙攣させていた。
「…朝ごはんにしよっか」
「…そうだね。今日、生徒会に顔出さなきゃいけないから、またオニギリお願いしてもいい?」
「いいよー!夾は?道場行くの?」
「あ?あぁ、そうだな。俺も頼むわ、握り飯」
「おっけー了解ー!」
まるで紫呉と綾女が存在していないかのように、繰り広げられる寸劇をスルーしつつ、階段を降りて行った。