第5章 それぞれの
紅葉の元へ歩き始めた所で先程の"胃の中洗濯機案件"が再発し、踏み出した足のままその場に立ち止まる。
今すぐに不安であったであろう紅葉を抱き締めたかったのに、それは到底叶えられそうになかった。
落ち着いていた心臓が再び早くなり、胃を押し上げられるような不快感に胸のむかつき。
「どうした?ひまり」
立ち止まって動かない私を不審に思っているはとりに、出来るだけ自分の体を刺激しないように僅かな声量で状況を説明する。
「気が…緩んだら急に…吐き気が…袋…。せ、盛大に吐くやつ…コレ…」
口に手を当ててゆっくりとした呼吸で吐き気を逃そうとするが、どうも耐えれそうにない。
慊人からの緊張感から解放され、紫呉とはとりの登場に平常心を取り戻した所で、自身の体の不調に脳が気づいたようだった。
うぅ…と呻き声をあげながらしゃがむと、それを聞いていた紫呉がアワアワと焦りながら部屋へと足早に去っていった。
「もみっち!ヤバイヤバイ!袋探して!」
と紅葉に協力を求めながら。
ごめん紅葉…センチメンタルな時に…。と思いながらゆっくりとした呼吸を心掛けていると、同じく横にしゃがんでくれていたはとりが、私の髪を掻き分けて顔を覗き込む。
「発作は大丈夫そうか?」
声を出した刺激ですぐにでもこみ上げてくるものが放たれそうな私は、人差し指と親指で丸を作り心配そうなはとりに見せた。
それを見ると、そうか。とひとこと呟き、私に触れることなく紫呉と紅葉を待つように立ち上がった。
今、背中でもさすられようもんなら秒で出てしまう自信があったので、それを分かっているかのような、はとりの"何もしない"選択に感謝しつつ吐き気を堪えていた。
この吐き気はとんでもなくツライが、逆に良かったのかもしれない。と頭の片隅で安堵している自分がいる。
耐えがたいほどの吐き気のお陰で、慊人に言われた言葉達を考えこむことが強制的に出来ないから。
ある意味、私の精神を守るための体の防御反応なのかもしれない。
紅葉が鼻をすすりながらも走って持ってきてくれた、洗面器に袋を被せたものに予告通り私は盛大に吐いた。
一度吐いてしまえば、さっきまでの不快感は僅かなものとなりカナリ楽になった。
紅葉はずっと背中をさすってくれていて、はとりは私の吐き気が落ち着くまでそばにいてくれた。