第5章 それぞれの
真上を向くと見えたのは夜空ではなく、目つきは悪いが優しい目をしたはとりの顔。
長めの前髪が私の頬をくすぐった。
「どうやら怪我はなさそうだな」
「はと…え?えぇ???」
はとりの横には、立ったまま私を覗き込む紫呉。
紫呉がいるのは知ってるけど、何ではとり?
え、来てたの?え?いつ?いや、夢??え?
「はーさん、後は僕が居るから大丈夫だよ。慊人さんと一緒に帰るんでしょ?」
混乱で目を丸くする私を他所に、紫呉ははとりが居ることに疑問を抱かず当たり前のように話をしているのを見て更に混乱する。
とりあえず夢ではなさそうだ。
「少しくらい待たせても大丈夫だろう」
「待って、え、なんではとりが別荘にいるの…?」
はとりの手から解放された私は立ち上がり質問すると、はとりは指先で自身の顎を持ち首を傾げていた。
「……?ずっと部屋にいたが…?」
「怖い怖い怖い!え、ずっと部屋にいたの?え?ええ??」
「はーさん説明少なすぎー。ひまりが混乱してるでしょ。実は慊人さんと一緒にはーさんもこっちに来てたんだよ。ずっと慊人さんと同じ離れにいたからひまりは会わなかったけど。今日は、こっちにはーさんも一緒に帰ってきてたんだけど、リビングに顔出さずに部屋に行ったから…そりゃひまりは知らないよねぇ」
腕組みをしたまま陽気にハハッと笑う紫呉に、はとりとの温度差を感じる。
何となくはとりの機嫌が悪いような…
いや、いつものことか。この温度差は。
「あれ?でも、紫呉寝てたんじゃ…?」
「もみっちがね、血相変えて呼びにくるから何事かと。はーさんはそのもみっちの声で一緒に来たんだよ」
紅葉?え、紅葉が呼びに来たって…まさか…
見てたの?いつから?
目を見開く私に、紫呉は前髪をかき上げながら微笑むとリビングへと続く窓を指差した。
そこには今にも溢れてしまいそうな涙を、必死に堪えるように手を握りしめて立っている紅葉。
私と目が合うと、悔いたように顔を歪めて目を逸らすと斜め下に視線を落としてギュッと目を閉じた。
その瞬間に溢れだす涙。
「ごめ…ひまり…守れなかッ…。何も…できなく、てゴメッ……」
月明かりで輝く涙は、あまりにも無垢で。
嗚咽を漏らす紅葉を力いっぱい抱きしめたくなった。