第5章 それぞれの
小雨が止み、澄んだ空気の中で月に照らされる慊人は、まるで本当に神様のようで。
逆らえない、と再度釘を刺されたような気分だった。
「泣く、だなんて人間の真似事は辞めて。ほんと目障り。あんまり調子に乗ってると高校卒業まで自由にさせてやんないよ?」
「慊人!」
突如聞こえた別の声に慊人は掴んでいた髪をゆっくり離し、その声の人物の元へと歩み寄る。
掴まれていた雨に濡れた髪が少しずつ束になって降りてきて視界を邪魔した。
解放された事に、僅かな安堵感を覚え震える膝に力を込めて立ち上がると、膝に食い込んでいた小石たちがパラパラと地へと帰っていった。
視界を邪魔する髪を整える余裕はなく、そのまま髪の隙間から見えたのは、息を切らせた紅野とその肩に甘えるように寄り添う慊人。
紅野は私をチラリと見た後、すぐに慊人に視線を戻す。
「探した…急に、いなくなったから…」
「ごめん紅野。帰る前に挨拶をと思ってね」
まるで恋人に語りかけるように紅野の胸元に顔を寄せる慊人に、なんだか目のやり場に困り視線を下に向けた。
「早く行こう」という紅野の声が聞こえ、2人に視線を戻すと慊人が嫌悪感を滲ませた表情で私を見ていた。
「嘘泣きだったの?ほんと小賢しい女」
溜まった涙を溢すことのなかった私に吐き捨てるように言うと、背を向けてゆっくりと歩き始める。
放心状態でその2つの背中を眺めていた。
2つの影が小さくなって消えたのと同時に、緊張の糸が切れた私は全身の力が全て抜けたように尻もちをついて座り込んだ。
未だに鳴り止まない心臓の音に大きく息を吐いて落ち着かせる。
さっきは恐怖心で誰か来てと思ってしまったが、誰も来なくて良かった…本当に…。
あの時目を覚まして、紅葉を起こす前に外を確認した私を褒めてやりたい。
いや、その前にソファで寝ていたことこそがファインプレーかもしれない。
だってもしも部屋で寝ていたら、慊人に気付かず他の誰かが遭遇していたんだろうから。
慊人に言われたことを思い返さないように、頭の中でずっと独り言を呟いていた。
胃の中がまるで洗濯機のようにグルグル回っているような不快感が、急に襲ってきたことに気付きたくなかったのかもしれない。
背後に気配を感じて振り向くよりも先に私は真上を向いていた。
背後の誰かが私の額に手を当てて後ろに引いたから。