第5章 それぞれの
「どうしたの…?って、ねぇ、それを聞いてどうしたいんだよ?どうせ僕のこと何とも思ってない癖に心配したフリ?ほんと気持ち悪い。そうやって他人に漬け込むんだねこのバケモノ」
慊人の言葉は間違ってない。
だからこそ、えぐられる心。
どうしたの、なんて心配したから出た言葉じゃなかった。
ただの時間稼ぎ。そして恐怖心から出てきたご機嫌伺いのようなものだ。
汚い部分が見透かされているからこそ、さらに煽られる恐怖。
「何?その目。怖がってるの?やめてよ、そんなのまるで僕が悪者じゃないか。違うよね?僕は教えてあげてるんだよ?お前が勘違いして恥をかかないようにしてあげてるんだよ?」
髪の根元を掴んだまま引き寄せられ、痛みで顔が歪む。
膝も小石か何かを踏んでいるようで、痛みが継続している。
でも、痛みはそんなに怖くない。
何よりも怖いのは、慊人の言葉。
今すぐ逃げたい。
助けて誰か。
夾、由希、春、紅葉、紫呉…誰でも良い助けて。
そんなことを頭の片隅で考えてしまう自分が本当に嫌いだ。
さっきまでは、今の慊人に誰も会わせちゃダメだとか良い子ぶってた癖に、いざこうなると弱くて醜い自分が顔を出す。
「ねぇ、勘違いが過ぎるお前に、良いこと教えてあげようか?」
髪を掴んだままニッコリ笑うと、私の耳元に顔を寄せる。
何を言われるのか、と体が硬直して指先一本動かせなかった。
「夾はね、お前が嫌いなんだって。大嫌いなんだって。どういうことか分かる?"拒絶"だよ。猫が鼠を受け入れる訳が無いんだ」
囁くように紡がれる言葉はあまりにも残酷で。
違う、そんな訳ない。
——— いいから。泣いても。気ィ済むまで、いるから
拒絶している私に、あんな優しい言葉を掛けてくれる筈がない。
慊人の虚言だ。
そんな訳…
——— お母さんはひまりが1番大切なの。
頭に響く、思い出したいつかの母の声。
滲んでいく慊人の顔。
1%の可能性が有ればそれは起こり得ることで。
あり得るんだ。
優しい言葉をかけられていても、拒絶されていたってことが。
慊人に提示された1%は、現実に起こる可能性がある。
「ねぇ、泣いてるの?どうして泣くの?」
"私は鼠です"なんて絶対に言えない。
拒絶への確率を上げることなんて、絶対に。