第5章 それぞれの
夾の髪を撫でたり、弄んだりしていると急にその手首をパシッと掴まれ、ひまりは驚きでビクッと肩を震わせた。
「起こし…ちゃった…?」
夾の顔を覗き込むと先程まで閉じていた瞳が開き、ジッとひまりを見つめていた。
問いかけに応えることなく、手首を掴んだまま起き上がる夾は彼女を見下ろす形になる。
夾の優しさの中にも熱を帯びたような瞳に、縫い付けられたように目が離せなかった。
ひまりはいつもとどことなく雰囲気が違う夾に怯むのと同時にまた以前のように心臓が跳ねる。
ゆっくりと顔を近付けてくる夾にドクドクと跳ねる心臓が収まることはなく、ひまりは少し俯いてギュッと目を閉じる。
そんなひまりの姿に、ハッと我に返った夾は彼女の手首を掴む左手の数珠に視線を向けてその瞳を揺らした。
パッと手を離すと、目を瞑るひまりの額にデコピンをお見舞いする。
「いたっっ」
「ばーか。俺はガキじゃねーんだから頭なんか撫でてくんな」
ひまりは額を摩りながら薄目を開けると、さっきまで近くにいた夾は立ち上がっていた。
頭を掻く腕で夾の表情が隠されており、もしかしたら怒らせてしまったんだろうかと不安になるひまりに降ってきた言葉は、彼らしい優しいものだった。
「ちゃんと髪乾かせよ。湯冷めすんぞ」
そのままひまりの返事を待つことも、視線を向けることもせず風呂場へと行ってしまう彼の背中を、その場で座ったまま眺めていた。
次にひまりの耳に届いたのは玄関の鍵を開ける音。
あ!由希達だ!と僅かに喜んだが、それよりもなんとも言えない今の感情がバレることを恐れ、急いでソファに座るとお風呂に入る前にやっていた足を投げ出して背もたれに全体重を預ける格好をした。
天井を見つめながら、いや逆に不審に思われるかもしれない。との考えが頭をよぎった所で案の定入ってきた由希に「ただい…どうしたの?ひまり?」と戸惑ったような声音で聞かれる。
「おかえりー…素麺で…お腹がはち切れそうなの」
先程よりも幾分かマシになっていたが、誤魔化す為に胃事情を偽った。