第5章 それぞれの
「はぁぁー。お腹はち切れそう。動けないー」
「あんだけで、はち切れそうとかどんな胃してんだよ」
夾の抵抗も虚しく、結局素麺になった晩ご飯を平らげた2人は、リビングのソファでのんびりと過ごしていた。
ひまりは満腹で苦しいお腹を少しでも楽にする為に、ソファから足を投げ出して背もたれに体を預け、顔を天井に向けている。
「お前まじで食う量増やせよ。もっと気持ち悪ぃ体型になんぞ」
「女子に対して気持ち悪ぃ体は失礼すぎるでしょ。あーもう動く気しないーお風呂めんどくさーい」
「林の中駆け回って、砂浜でウミガメやってた奴が何言ってんだよ。さっさと入ってこい」
「めーんーどーくーさ」「はーいーれー」
語尾を伸ばしながら拒否するひまりの真似をして、声を低くした夾が彼女の言葉に被せると、口を尖らせて拗ねたような顔で渋々立ち上がり風呂場へと向かった。
「ガキかよ…ったく」
悪態をつく言葉とは裏腹に、夾の口元は笑っていた。
そして彼女がいなくなった途端にソファで横になり、怠そうに目を瞑った。
ひまりがタオルで髪を拭きながら戻って来るとソファで眠っている夾の姿。
彼の顔は何処か不快そうに眉を寄せていた。
それを見て、そういえば雨降ってるんだ。とひまりは窓の外を見て思い出す。
本当なら雨で体が怠くて部屋のベッドで横になっていたい筈なのに、怠さを微塵も見せずに一緒にいてくれた夾。
「ほんと…優しいね…」
ソファではなく床に座り込むと夾の頬をマジマジと見る。
僅かに赤みを帯びる頬に、彼を起こさないようにそっと触れた。
いい予感はしなかったが、やはり慊人に打たれたであろう頬を見ると心が痛む。
精神的にも痛かったんじゃないかと…。
ひまりは頰に触れていた手を頭に移動させると、寝ている子どもの眠りを妨げないかのように優しく撫で始める。
一本一本はしっかりしているのに、柔らかく繊細な髪は触り心地が良く、撫でながらも指に巻き付けたりして感触を楽しんでいた。
近くで見るオレンジは、光を受けて透き通っているように見える。
改めてちゃんと見る、まるで太陽の光のように優しいその色は彼にとてもよく似合っていると思った。