第5章 それぞれの
ギュッと砂を握っていた手を緩めると、まるで幽霊でも見たかのように口をパクパクさせて夾を見上げている。
「え、夾なんで…え?」
あまりにも早い夾の帰宅に、動揺を隠しきれないようで「そんなに時間経ってたっけ?!」と焦りだす。
「なんだよ。帰ってきちゃマズかったか?」
焦るひまりに意地悪な質問をすると、埋めていた手を引き抜いて手と共に顔もブンブンと左右に振り出した。
そんな彼女の姿に、片眉を下げてフッと笑った。
「ち、違う違う!早いの嬉しいけど!あまりにも早くてビックリしたってゆうか…」
「……で?お前ここで何してたんだよ?」
"嬉しい"の言葉に一瞬動揺させられた夾は、それを隠すように話を変えると怪訝な顔をしてみせた。
ひまりは夾の質問に息を飲むと「リ…」とココであった事を説明しようとするが、依鈴が誰にも言うなと言っていた言葉を思い出し続きの言葉を飲み込んだ。
「り???」
「り…陸に上がるウミガメの気持ちに…なっていたの…です」
「……お前いよいよヤベーな」
夾は明らかに誤魔化したであろうひまりを追求することはなかった。
気付かないフリをして呆れた目でひまりを見ると、ホラ。と数珠を着けている左手を差し出した。
その手を砂を払い落とした手で掴んで起き上がらせて貰ったひまりが、また頬に数滴当たった雨粒に「うわ!降ってきた!」とその手を掴んだまま階段まで走りだす。
バランスを崩しかけた夾が、何とかついて行きながらその手に繋がった数珠を再度見つめてギュッと唇を噛んだ。
これは戒めだ、と。
ひまりへの想いを決して外に出さないように、いつかは幽閉されることを忘れないようにとつけられた枷のようなものだ。
「そうだ夾!雨で買い物行けないから晩ご飯素麺ね」
「またかよ?!そろそろトラウマになんぞ!?」
ケラケラ笑うひまりに釣られて頬が緩む。
こうして卒業するまではそばにいたい。
「ってか勝負はドローだったんだから素麺は無しだろ!?それならお前も白飯三杯食えよ」
「あの勝負は途中だったので無効でーす。なので罰ゲームも無効でーす。素麺しかないんだから仕方ないじゃん」
せめてもの、人生で最後のワガママがどうか通りますようにと。
枷である数珠を見つめていた。