第5章 それぞれの
慊人がいる離れを出てからすぐに向かったのはひまりのいる別荘。
だが、玄関を開けたところで彼女の靴がないことに気付く。
時計の短い針は丁度"5"を指していた。
夕飯の買い出しに行った説が濃厚だな。と別荘を背にまた歩き出す。
真っ白な雲に墨を混ぜたような、どんよりとした空はいつ泣き出してもおかしくはなかった。
なんとなく…この空は慊人に似ている。
吸い込む空気が薄く感じるような、湿度を含んだ重苦しい空気。
真っ暗闇ではなく、白が混ざった灰色が似ていると思ったのは、心の何処かで100%慊人を嫌いきれないからなのかもしれない。
"物の怪憑き"であるが故の宿命なのか。
——— ねェよ!ありえねェ。俺が…俺がアイツを好きだなんて…あり得ない。絶対に…ない。何が起こっても…絶対に…。
——— そう…。そうだよね、良かった。救いようのないバケモノになっちゃったのかと思ったよ。高校卒業すれば、お前は幽閉されてしまうけど、それもお前にとって1番良いことなんだよ。僕は…僕だけはお前に会いに行ってあげるからね。…残りの自由な時間、良い子で過ごすんだよ。
隠した。
自分の感情を。
言える訳がなかった。
ひまりを好きだなんて。
それを慊人に言えば、どうなるかなんて容易に想像がつく。
守りたい。
泣かせたくない。
傷つけたくない。
身体も…心も。
未来が決まってる俺にとって、この気持ちは無意味なもので。
どうこうしようとも思わない。
この感情を露見するつもりも毛頭ない。
非現実的ではあるが、もしも…もしもひまりが俺を好いてくれたところで、高校卒業以降は守ってやれない。
なら…それならアイツが、俺がいない未来でも笑っていられるように…
「…何やってんだ?あいつ…」
目の前に広がる砂浜にポツンと座り込むひまり。
海を背に座り込み、両手を砂に埋めている姿はあまりにも異様で、夾は口元を歪ませた。
砂浜へ続く階段を降りると、ポツ…と頬に当たる雨粒。
降ってきやがった…とその滴を手で拭き取ると座り込む彼女の元へ向かう。
ひまりにも雨粒が当たったようで、下を向いていた顔をあげた時、夾の姿を見つけた彼女は驚いたように目と口を開いた。