第5章 それぞれの
背後では波の音がずっと鳴り続けているのに、ひまりの耳には一切届いていなかった。
ただ砂の上に座り込み、両手を見つめて蘇った記憶の詳細を思い出そうとしていた。
——— 大丈夫。大丈夫だよひまり
優しい依鈴の声が耳に残っている。
抱き締められた温もりはも、ふわっと香るシャンプーの匂いも。
まるでフラッシュバックの様に脳裏に焼き付いた光景は、勘違いのものだとは思えなかった。
ただ、その詳細が全く思い出せない。
いつのこと?
あの暗い場所はどこ?
なぜ私は泣いてるの?
なぜ抱き締められているの?
なぜ変身してないの…?
記憶を手繰り寄せようとするが、その光景以外何も出てこない。
必死に考えていると、次に浮かんだのは先ほどの依鈴の拒絶した表情と言葉だった。
…やっぱり勘違いかもしれない…。
依鈴の拒絶にショックを受けた自分が、良いように記憶を作り出したのかもしれない。
「なんて…都合の良い…勘違い」
ひまりは自身を嘲笑った。
見つめていた両手を砂浜に置いてギュッと砂を握りしめた。
由希と潑春と紅葉が…受け入れてくれて調子に乗っていたんだ、と。
いや、もしかしたら彼等が受け入れてくれたのも上辺だけかもしれない。
優しさで拒絶出来なくて、あんな風に受け入れたフリをしてくれただけで…
本当は、心の中では、依鈴のように拒絶してるのかもしれない。
やはり自分はこの世に産まれたことが……
——— 傷付けないで。大切だから。ひまりのこと
潑春の言葉に胸を締め付けられた。
分かってる。あの夜、林の中で受け入れてくれたあの2人の言葉にはきっと偽りは無い。
でも、もしも…。もしも悪い考えが当たってたら…?
1%でも可能性があるなら、それは"不確定"だ。
「無理だよ…悪いことの方が、私には信憑性があるんだもん…」
ひまりの小さな呟きは波の音に掻き消された。
握りしめた手を強く握ると、爪の間に砂が入り込み僅かな痛みと不快感を伴った。
痛みは一瞬、思考を低下させてくれる。
何も考えたくなくて、さらに力を込め続ける。
爪が剥がれてしまえば、痛みで何も考えられなくなるんじゃ無いかと、自惚た考えが消えて無くなるんじゃないかと、淡い期待を込めて。
グッと自身に痛みを与え続けた。