第5章 それぞれの
夾の目の前まで来た慊人が、数珠のついた左手首を掴み夾に見せつけるように顔の前に持っていく。
「可哀想なお前の母親。人間の皮を被ったバケモノを産んでも健気に守って育てたのに。結局耐えきれなくて死を選んじゃって…。息子は死を悼んでもやらないなんてね」
まるで慊人は楽しんでいるようだった。
夾の表情が崩れていくのを。
「お前が…死ねばよかったのに。どう考えたってお前がいなければみんな幸せだった」
「やめてくれ!!!もう…やめて…くれ…」
少し息が荒くなっている夾は、暑くもないこの部屋で額を汗で濡らしていた。少しずつ首を絞めるような慊人の言葉に耐えきれなかった。
今すぐに逃げ出したい。
そんな感情に支配されていた夾は、次に慊人から紡ぎ出される言葉で一瞬にして我に帰る。
「ねぇ、アレが…ひまりが戻ってきてからじゃない?お前の勘違いが度を過ぎるようになったの。アレは他人につけ込んで不幸にさせる女だからね。感情が欠落してるし…アレも一種のバケモノ…だね」
「ッッ!!!」
クスクス笑いながらひまりを貶す慊人を、夾は知らぬ間に睨み付けていた。
その瞳に気付いた慊人は、笑いを止めると彼の頬を平手で打った。
「なに?なんだよその目は?悪いのは僕じゃないだろ。勘違いしてるお前だろ!あの女だろ!?」
再度頬を打とうとする慊人の腕を夾が握ると、怒りを込めた目で慊人を見据える。
「ふざけんな!じゃあ何でアイツを連れ戻したんだよ!?あのまま外で住まわせてやりゃ良かっただろ!?わざわざこっちに戻らせる必要なんて無かっただろ!?」
「何?僕のやり方にケチつける気?それとも…好きなの?アレのこと。ねぇ、母親まで殺した癖に、今更誰かを好きになる資格があると思ってるの?許されると思ってるの?」
俺が…あいつを…?
ひまりが…笑うともっと笑わせてやりたくて
泣いてるなら、泣き止むまでそばにいてやりたくて
苦しんでるなら、苦しめる全ての物から守ってやりたくて
名前を呼んでほしくて、触れたくて、触れて欲しくて
ずっと…隣で…
あぁ、そうか。
そうだったのか。
好きだよ。確かに。
そんな資格はないけど。
ずっとはそばに居られなくても、それでも
好きなんだ。ひまりのこと。