第5章 それぞれの
慊人がいる部屋の前で、汗ばんだ握り拳にギュッと力を入れていた。
いつぶりだろうか。この緊張感。
胃をギュッと締め付けられるような窮屈感に、自然と眉根が寄る。
腹を決めて襖を開けると窓枠に片足を乗せて座っている慊人の姿。
「いらっしゃい。面と向かって話すのは久しぶりだね」
慊人の姿を見ただけで、手の平だけに出ていた汗が全身から吹き出しはじめ、べったりとした不快感が夾を襲った。
身動きひとつ取らない夾に、口元だけを薄く開いて怯えた子猫を呼ぶように穏やかな声音で彼を呼んだ。
「大丈夫。入っておいで。僕の哀れな…バケモノ」
その言葉に反論する程、精神的な余裕はない。
ただゆっくりと足を踏み入れた。
夾が部屋に入った事を確認すると、慊人は顔を斜めにさせて目にかかる前髪の隙間から夾に視線を送った。
「僕との賭けの調子はどう?勝てないだろ?やっぱり勝てやしないだろ?だから言っただろ?猫は鼠に勝てないように出来てるんだよって。お前は一生由希に勝てない。そういう風にできてるんだよ。…それは"物の怪憑き"に刻み付けられた運命の轍。血の定めなんだよって教えてあげただろ?」
薄い笑みを浮かべる慊人に、心臓を握り潰されるような息苦しさに襲われる。
恐怖、緊張、落胆…どの言葉でもしっくり来ないこの感覚に夾の顔の歪みは酷くなる一方だった。
「賭けの内容は忘れてない?由希に勝てなかったら高校を卒業した時点で幽閉だよ。…まぁ、賭けは僕の勝ちみた」
「何勝手に決めてんだよ!まだ時間はあるだろ!まだ分からねェだろ!!」
夾が言葉を遮ると、慊人は鋭い視線を彼に向け、窓に掛かっていた風鈴を引きちぎり片手で弄んでいた。
「まだ分からないのはどっちだよ?なんで分かんないかなぁ?忘れちゃうかなぁ?勘違い…しちゃってるの?」
持っていた風鈴を夾の顔に投げつける。
それは彼の頬で鈍い音を立てて床へと落ちた。
そして窓枠から腰を上げた慊人は、夾よりも背が低いはずなのに、まるで見下すような威圧感でゆっくりと近寄ってきた。
軽蔑の色をその瞳に宿して。
「思い出してよ?自分がバケモノだって事。お前がバケモノのせいで母親が死んだことも」
「ち…がう。俺のせいじゃない」
「お前のせいだよ。お前が母親を殺したんだ」
夾の唇は真っ青に色を染め、僅かに震えていた。