第5章 それぞれの
由希、潑春、紅葉は立ち上がると驚いたようにその人物を見ていた。
「どういうこと…?ソイツが呼ばれたの?」
「そういうこと。夾君、慊人さんは奥の部屋にいるから行っといで」
由希の問いかけに紫呉が答えると、俯いたままの夾にそう促した。
紅葉は眉尻を下げて、留守番しているであろうひまりを思った。
「ひまり…独りぼっちであの広い別荘にいるの?」
「まぁ、こっちに来るより…マシ。慊人に会わせたくないし」
潑春がフォローを入れるが、紅葉は眉尻を下げたままだった。
「どーせロクな呼び出しじゃねぇだろ…胸糞悪ィ…」
握り拳を震わせて、怒りを隠しきれない夾に由希が近付くと片手で胸ぐらを掴んで大きな目を鋭くさせた。
「お前、慊人の前で馬鹿みたいにキレるなよ。慊人の怒りの矛先はひまりに向くことを忘れるな」
「偉そうに言ってんじゃねェよ!そうなった所で手を出させる訳…ッッ」
夾の言葉は、由希が両手で胸ぐらを掴み直して顔を近づけられたことで遮られた。
「もう一度言う。馬鹿みたいにキレるなよ。所詮お前も慊人には逆らえない癖に戯言をぬかすな」
「っるせェ!!分かったような口きいてんじゃねェよ!!」
握った拳を、避ける様子のない由希の顔目掛けて思い切り繰り出すが、由希を殴る事は出来なかった。
潑春が片手でそれを受け止めたからだ。
「夾、気持ちは分かる。でも、由希の意見に賛成。ひまりを守りたい」
口調は落ち着いてるがその瞳を鋭くさせている潑春は、夾に有無を言わさないようにしているようだった。
——— "守る"を穿き違えない方がいいよ。いつまでも子どもじゃないんだから。
潑春の目つきと、紫呉から前に言われた言葉を思い出した夾は、舌打ちすると胸ぐらを掴んでいる由希の手を払って離させた。
苛立ったように壁を殴り、紫呉に言われた奥の部屋へと歩いていった。
「キョー、大丈夫かな…?」
「夾君は分かってないようで分かってる子だからね。大丈夫だよきっと。…ところで由希君。殴らせてあげるつもりだったの?」
「まさか。春が止めなくてもアイツは殴らなかったよ。そこまで"馬鹿"なヤツじゃない」
「確かに…手、そんなに痛く無かった」
温和な瞳に戻っている潑春が拳を受け止めた手を見てから、奥の部屋へと視線を向けた。