第5章 それぞれの
あー。また何か嫌ぁな感じだったんだろうなぁ。と思い春の肩に手をポンと置いて「お疲れ様」と声を掛けた。
「ねぇ、春。紫呉は?」
「先生なら、まだ向こう。今日は泊まるんじゃない?」
「え、それって大丈夫なの?」
私の言葉に春は、肩に置いた手をポンポンと叩いて、さほど紫呉のことは気にしてない様子で「平気でしょ」と答えた。
まあ確かに…紫呉なら大丈夫か。と不安が消えた所で紅葉が「ボク、お風呂入ってくるねー!」とリビングを後にする。
「ひまり、明日も朝から向こう。多分、夜まで居るから…また夾と待ってて」
今度は春が私の肩に手をポンと置いて「早く帰れたら、またみんなでトランプしよ」と言ったのが聞こえた夾が「次はぜってー負けねェからなー!」とがなりだした。
夾の事を一切気にせずに「部屋戻ろ」とリビングを出て行く春を追いかけるように夾も何かをワーワー言いながら部屋を後にした。
2人の背中を、ババ抜きだったら絶対夾の1人負けだよなー。と苦笑してから由希をチラリと見た。
由希は…大丈夫だったのかな…。
私の視線に気付いて穏やかに微笑んでくれた。
顔が引きつる事なく微笑む由希に、今日のところは大丈夫だったんだろうな…。と心の中で安堵した。
水でも飲んで寝ようかなー。とキッチンへ向かうと、由希も一緒についてきていた。
そして申し訳なさそうな顔をして、私の横に立つ。
「せっかくの旅行なのに…ごめんねひまり」
「いやいや、由希が謝ることじゃないでしょ?大丈夫だよ。夾もいてくれてたし」
寂しくなかったと言えば嘘になるけど…
でも別に誰のせいでもない。物の怪憑きが慊人の言うことに逆らえないのは、身に染みてよく分かってる。
「由希は…大丈夫?」
「全然平気だよ。…って言えたらカッコ良かったんだろうけど。でも平気だよ」
そう言って微笑む由希は、確かにあの頃に比べれば随分たくましくなったような気がする。
慊人を前にすると怯えて縮こまるだけしか出来なかった幼い時代。
その後も暗い感情を引きずって、落ち込んで。
それなのに"平気"と口に出して言えるようになった由希は、きっと前に進めているんだと思う。
少しずつ、でも確実に。