第5章 それぞれの
夾とひまりが別荘に着くと、誰もいないリビングはシンと静まり返っており、電気をつけても薄暗く感じる。
「あー。腹減った。何食う?」
「そうだなー。とりあえず何があるか見てみよ」
空腹だった2人はキッチンで食材を漁っているとひまりが棚からあるものを見つけて苦笑いで夾に視線を向けた。
ひまりの視線に気付き彼女を見ると、その手に持たれている素麺を見た夾は明らかに嫌そうな顔をして口を歪ませる。
「これでー…いい?」
「……またかよ」
「他何も無さそうだし…それか買い出し行く?」
「これでいい。出んのめんどくせー」
ひまりから素麺を奪い取ると、作ってくれるようで開きから鍋を取り出して準備を始める。
じゃあ茹では任せた!とひまりは素麺の前に発見していたネギと生姜を取り出すと薬味作りを始めた。
「ねぇ、夾のお母さんのこと…聞いていい?」
「…どーぞ」
「夾はお母さんのこと覚えてる?
「…まぁ、ちょっとだけな」
火にかけた鍋の中の水がフツフツと小さな泡を出し始める。
夾はそれに視線を向けたままだった。
夾の母親は彼が小さい頃に亡くなっている。
十二支を子に持つ親は極度の過保護になるか、拒絶するかのどちらかが多い。
夾の母親は前者だった。
愛してる。貴方は自慢の息子。と言いながら、猫憑きの夾の事を周りから隠すように生活していた。
テレビを見せることもなく、外の世界から遮断させていた。
そして、最後には……。
「覚えてるっつっても…あんまいい思い出じゃねーな」
「そっ…か」
ひまりがトントンと青ネギを切り始めると、鍋が沸騰したのか夾は素麺を数束取ると束ねていた紙をペリッと剥がし、パラパラと中に入れた。
固くて真っ直ぐだった麺は、お湯に浸かったところから、ふにゃりと形を変えて沈んでいく。
湯気を上げて鍋の中でグルグルと回る素麺を見つめながら口を開く。
「……俺の名前の漢字あんだろ?」
「漢字?これでしょ?」
包丁を置いたひまりが自分の手のひらに"夾"と指で文字を書く。
それがどうしたの?と彼に視線を向けると、僅かに眉根を寄せていた。視線は鍋の中に向けたまま。