第5章 それぞれの
「なにお前、調子わりィの?」
ボーッと考えながら歩いていたひまりを覗き込む夾の顔が突然目の前に現れ、「わぁっ」と驚きの声をあげた。
夕日で染まる夾の顔は、彫りが深い整った顔の陰影を深くしている。
その端正な顔立ちに心臓が1回大きく跳ねた後、いつもよりも早くなった鼓動になんだか居心地が悪くて顔を背けて、何故かくるりと体を1回転させた。
ひまりの不可解な行動に、思いきり眉をしかめると「マジで大丈夫か」と彼女の額に手を置く。
自分よりも少し体温の低い夾の手は気持ち良かった。が、手を払い除けると誤魔化すように「お母さんかよ!」と精一杯の突っ込みを入れた。
「性別飛び越えさせんなよ」
「体調悪くないし!むしろ絶好調だし」
「あっそ。なら別にイイけど」
呆れたような目をひまり送ると、手をまたポケットの中の所定の位置に戻して歩みを再開させた。
夕日に染まる夾の背中を見てズキッと頭が痛んだ。
……この光景、知ってる。
ついて来ないひまりを不審に思い夾が振り返るとひまりは片手のひらを前に突き出して「待って待って!そのまま前向いてて!」と自分に背中を向けるように促した。
訳が分からないままひまりに言われた通りに前を向いて次のアクションを待っていると彼女が少し興奮したような声を出す。
「……お母さんだ」
思い出したのは、夕日に照らされる母の後ろ姿。
いつ?どこで?
思い出せない。
でも、記憶にあった。ちゃんと。
今ではもう顔も分からないのに思い出せた。
夾は僅かに顔を動かしても阻止されないことを確認してから、再度振り返り彼女のもとへ歩み寄った。
「なに?どした?」
「お母さんとね、こうして夕方に歩いてたことある!今、思い出せた!いつだったかとか詳しいことは分からないけど…思い出せた!」
忘れていく一方だと思っていた母の記憶を思い出せたことが余程嬉しかったのか、子どものように頬を綻ばせていた。
そんなひまりにつられて微笑むと頭にポンと手を乗せた。
嬉しそうに肩を竦めるひまりの頭を今度は両手でグシャグシャーっと乱すように撫でる。
すると「やめてよ!乱れる!」と怒るひまりを揶揄うように「そっちのが似合ってんぞ」と意地の悪い顔で笑った。