第5章 それぞれの
意図せず浮かんだその言葉を消すように軽く頭を振ると、ひまりから目を逸らし帰り道へと視線を移す。
「自分の心配しとけ。お前も慊人に執着されてんだろ」
「まぁ…そうなの、かな?」
夾の横に並ぶと困ったように笑って、肩を並べて歩き始める。
ひまりは後ろで手を組むと、昼間に慊人と会ったことを思い出していた。
——— どうしたの?ひまり?目が腫れてるよ?泣いたの?お前でも泣くの?悲しいって感情持ち合わせてるの?
ひまりに近付くと夜に泣いてまだ少し腫れていた下瞼を優しく撫でる。
慊人はほほえんでいた。
まるで小さな子どもに話しかけるような穏やかな顔で。
それがまた不気味だった。
——— まるで人間の真似事をしてるみたいだね。どう足掻いたって紛い物なのにね。人間にも十二支にも成りきれなかった半端者。欠陥品。おまけに不幸を呼び寄せる能力つきだ。
クスクスと口に手を当てて笑うその姿は機嫌がいいのか、側からみればただ世間話をしているだけに見える。
傍にいる紅野に関してはまるで感情がない人形ように無表情で、ただひまりと慊人のやりとりを見つめていた。
——— でも大丈夫だよ。僕がいるからね?お前の未来には僕しかいなくなる。僕だけがお前に会いに行ってあげるから。僕だけがお前を受け入れてあげるから。
微笑む慊人の目は笑っていないように見えた。意識して目を細めただけのような違和感がある微笑みに、ひまりも僅かに微笑み返した。
諦めの笑顔。
あぁ、そうか。
あの時の夾もそうだったんだ。
草摩本家の人間なら皆が知ってる"猫憑きの運命"。
夾の遠い未来は"幽閉"なんだ。
先代の猫憑きと同じように、世帯は持てるかもしれないけど"幽閉"からは逃れられない運命。
きっと慊人に"由希に勝てたら幽閉は見直してやる"とでも吹っ掛けられたんだろう。
だから"勝てなかったら"の問いに、絶望したように諦めたように、微笑んだんだ。
私と夾の運命は時期は違えど、同じなんだ。
社会から切り離され、慊人以外と触れ合うことなく死んでいく。
変えられない運命に絶望して、諦めた。
そんな顔だったんだ。