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ALIVE【果物籠】

第5章 それぞれの




紫呉を探すため、別荘を出て海の方面へと向かうとひまりの頬を撫でる風は僅かな潮の香りを運んでくる。

その香りを胸いっぱいに吸い込み、開けた道までを小走りで走った。

海が近づくにつれ、潮の香りは強くなり太陽の光をキラキラと反射させた海が顔を出す。


昨晩、変身してしまい由希から全力で逃げた砂浜。


辺りを見回しても紫呉の姿を見つけることは出来ず、今度は海沿いの車道を歩くことにした。


そして昨日のことを思い出し、歩きながらふふっと頬を緩ませてしまう。


受け入れてもらえた。

産まれながらに背負った罪を軽くしてもらえたような感覚。

自分が生きているだけで救いだと。

存在しているだけで、誰かの役に立てているというのはこんなにも心強いものなんだと、そんなことを考えていると頰の緩みが引き締まることはなかった。

"白い線から落ちたら負け"なんて自分だけのルールで1人で勝手に始まるゲーム。
小さい頃からやってしまうこのゲームは、何に負けるのかは分からないが思い返してみると、気分が良い時にやることが多い気がする。と頭の片隅で思った。


車道の白い線の上を爪先で歩いていると、ブワッと強めの風が吹き、乱れた髪を整えようと前を向いたひまりの瞳がこぼれ落ちてしまいそうな程に見開かれた。

赤みがかったブラウンの髪が太陽に照らされ、艶を増して光って見える。


「く…れの…?」


道から海を眺めるように、凛と立っていた彼がひまりの声にゆっくりと顔だけを振り向かせる。
表情は変わらないものの、彼の瞳が少しだけ揺れたように見えた。
そして紅野の体で見えなかったが、その奥にもう1人。

太陽の光を浴びたことが無いかのような白い肌に、真っ黒な艶のあるショートカット。
いつもの着物ではなく、黒のシャツに黒のスラックスを履いた慊人はいつもより雰囲気が少し違って見える。

だが、その表情はやはりいつもの見下したような、馬鹿にしたようなそれだった。



「あ…き、と…」

「あれ?ひまりだ。どうしたの?こんな所でひとりで。…やっぱりお前は仲間外れなの?」


ゾッとするような冷笑的な薄笑いを浮かべた慊人が、紅野の横を通って近づいてくる。
ひまりは本当に全身が凍りついたかのように体が固まり、指先一本ですら動かすことができなかった。


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