第5章 それぞれの
その頃、草摩本家には紫呉が訪問していた。
寄り道することなく慊人の部屋へ行くと、声を掛けて中へと入る。
「具合は如何ですか?慊人さん」
気怠そうに床に座り、机で頭を抱えて眉根を寄せている慊人がその不機嫌そうな瞳を紫呉に向けた。
「最悪だよ、暑いし怠い…気分悪い」
窓枠に腰掛けた紫呉を目で追うと、そのまま机に突っ伏した。
「僕も明日から別荘に向かいますので、暫くは挨拶に来れませんよ。体調にお気をつけて下さい」
「既に体調崩してるって言っただろ。夏は嫌いだ。暑くて不快なだけで…馬鹿は勘違いしてはしゃぐし…気に食わない」
鋭くさせた瞳で窓の外の月を睨みつけると、ゆっくりと立ち上がり紫呉に近付いた。
月明かりで妖艶さを増した表情の紫呉にもたれかかると、着物の襟の中へと手を滑らせて行く。
紫呉はそれを拒否することなく、切れ長の目を細めて慊人の頬をやんわりと撫でてやった。
「そうだ。…慊人さんも別荘にいらしたらどうです?思い知らせたいのでしょう?…勘違いだと」
口角を上げる紫呉を慊人は彼の胸の中から見上げ、何かを考えるように目を伏せる。
そして目を閉じて頬を撫でるその手に顔をすり寄せながら、紫呉と同じように口角を上げた。
「キョー!タイヘン!タイヘンなのー!」
「ンだよ、朝からうるせーな」
夾が洗面所で顔を洗っていると、パタパタと走ってきた紅葉が駆け寄り大声で彼に助けを求めた。
タオルで顔を拭きながら紅葉を振り返るが、大変だと言う割にキョトンとしているその顔を夾はじとーっと睨みつける。
「…で、何が大変なんだよ」
「ひまりがね、1回起きたんだけど廊下で二度寝しちゃってから全然起きないのー」
だからキョー起こしてー!と再度助けを求める紅葉に、いつかに見たひまりの寝起きの悪さを思い出し、ハァァと長いため息を吐いて頭を抱えた。
「あの馬鹿またかよ…ったく…」
怠そうにタオルを首にかけて歩いて行く方向を見ると、どうやら起こしに行ってくれるようだ。
紅葉は微笑むと「ごっはん!ごっはん!」と歌いながら、ひまりを夾に任せてリビングへと向かった。
「……あれ?」
そこで、よく知る顔を見て紅葉は目を見開いた。